2015年10月17日土曜日

「ハーバード流 逆転のリーダーシップ」とは、1人の優れたリーダーがビジョンを示し人々を引っ張ることではない


ハーバード流 逆転のリーダーシップ

イノベーションを導くにはリーダーシップが必要やけど、それは通常イメージされるようなリーダーシップではなく、異なった形のリーダーシップが求められるというのが主なテーマ。 

リーダーシップというと、壮大なビジョンを描いてそこに向けて人々を導いていく、決断力や判断力があってメンバーを引っ張っていくといった感じのイメージがあるけど、イノベーションをよく生み出している組織で見られるリーダーシップはそれとは違う型のものであるというのが本書の主張。 

「過去数十年のあいだに、リーダーの役割がもっぱら魅力的なビジョンを掲げて、メンバーを引っ張ることだと見なされるようになった」(p5)が、「リーダーの役割をそういうものだと考えていると、解決策のはっきりした単純な問題に取り組む場合はいいが、そうでない場合、かえって自体を悪化させる。まったく新しい対応が求められる状況では、あらかじめどういう対応をすべきかは誰にもわからない」(p5)。 

今の時代、画期的な商品やサービスを1人のビジョンや能力だけで生み出すことは難しい。それぞれの人の強みを見つけ出し、それを集め、組織として最大のパフォーマンスを発揮させることができるようなリーダーシップが必要で、それは先頭に立って導くというよりは背後から指揮するという羊飼いのようなもの。 

「リーダーの仕事は舞台を用意することであり、舞台の上で演じることではない」(p6) 

そのあたりを、ピクサー、グーグル、イーベイ、ファイザーなど、繰り返しイノベーションを生み出している会社の中でどのようにそれが実現されてきたかケーススタディとともに紹介している。個人的には、インドのHCLテクノロジーズの事例が興味深かった。チェンナイに行った時にも結構目にする会社で、大きな会社の中で組織転換をどう図ったかという事例になっている。プロジェクトチームで掲げられたキャッチフレーズとして「タンビ」(p75)という言葉が選ばれたけど、これは南インドのタミル語で「兄弟」を意味する言葉なのも印象的やった。 

そのHCLテクノロジーズで改革を主導したヴィニート・ナイアーさんの言葉。 

「リーダーはあらゆる質問に答えようとしたり、あらゆる問題に解決策を示したりしようとする気持ちを抑えなくてはなりません。むしろ、自分のほうから尋ねるべきです」(p93) 

本書の英文のタイトルは「Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation」みたいやけど、こっちの方が内容とはマッチしている気がする。邦訳的には「ハーバード」とかつけた方が売れるっていう見込みやったんかなとは思うけど…以前読んだ「凡才の集団は孤高の天才に勝る」という本ともテーマ的には似ている感じ。 

上記のような組織で見られる特徴としては、いろんな矛盾を統合的に解決しようとしているところ。テーマとしては、個人と集団、支持と衝突、学習と成果、即興と構造、根気と切迫感、現場主導とトップダウンなどなど。これらのどちらか一方のみをとるのではなく、行ったり来たりしつつ、最適なバランスを見つけ出している。 

バランスと一言で書くとシンプルに見えるんやけど、実際の現場で問題や摩擦が発生する中で最終的にどういう決定をチームとしてくだし、どういう行動をとっていくかというのはかなり難しい局面が多い。そういう時に、すぐに諦めずになんとか両取りできるようなことを目指していっている様子が事例を通じて描かれている。そして、それを貫くのはなかなかに難しい。 

「個人も集団も、いくつものアイデアがある複雑な状況では、不安を覚えやすい。メンバーはそんな緊張に耐えられず、ただちに状況を単純にしようとする。それぞれのアイデアを単純化し、別々に扱い、ひとつかふたつのアイデア以外すべて捨て去ろうとする。チームのメンバーにつねに全体を考えよ、単純化やしぼり込みをしばらく我慢せよと求めるのは、宙ぶらりんの緊張状態のなかにあえて身を置けと求めるのと同じことだ。 
 この要求を貫こうとするリーダーは、メンバーからの反発を覚悟しなくてはならない。そういうことを求めるのは、一般にリーダーに期待されている役割と食いちがうからだ。リーダーの役割とはふつう、状況を明確にし、指示を出すことだと感が得られている。たとえ一時的であっても、混乱を認めたり、奨励したりすることが役割だとは思われていない。リーダーーはできるかぎりすみやかに決定を下すこと、どれかひとつを選ぶことを期待される」(p260) 

イノベーションが生まれてくるなかで、統合的な決定がうまくいっていると、解決策を最初に提案した人が誰かとか、誰が主要な貢献者とかはわからず、いろんな議論のなかでどこからともなくアイデアが生まれてくる。誰が最初にそのアイデアを口にしたかを覚えている人はおらず、気がついたらそこにあったと感じられることもあるという。そこに至るまでにかなり紆余曲折があって根気も必要やけど、それに耐えられるかどうか。 

そして、イノベーションを導くリーダーに共通する性格が以下ということ。 

・理想家であるとともに実際家 
・全体的にものごとを考えるとともに行動志向 
・寛大であるとともに厳格 
・平凡な人間であるとともに人並み外れて粘り強い 
(p314) 

これを見てもわかるけど、一見矛盾している。それを自分の中で、そして組織の中でどう統合していくか。難易度高いけど、そもそも経営や事業運営、組織づくりっていうのは矛盾だらけなんで、それにいかに向き合うかっていうことでもあるなと思った。 

その他にも価値観、参加規則、創造的な摩擦、俊敏さ、失敗、リスクといったキーワード。イノベーションだけでなく、組織づくり全般にも参考になる事例がつまった一冊やった。