2012年10月21日日曜日

「稲の大東亜共栄圏」に見る物は言いような話


■本の概要
第二次大戦中に、日本が日本産の米の品種を朝鮮半島や台湾等の植民地に持ち込むことによって植民地支配を強化していった過程を描いた本。

「これまで、稲の品種改良は、戟争や帝国支配と無関係であったと思われがちであった。しかも、その育種研究者たちの努力を讃えるばかりで、その実質的な社会的影響の検証は不十分であった」(p160)という問題意識。

育種技術自体は「人を殺すこととまったく関係がない」としたとしても、「育種技術そのものの孕む魅力は、これまで述べてきたように、主体的に帝国支配に関わっていた」(p161)という主張。

さらにそこから現代への示唆も引き出そうとしている。

「日本が圧倒的な軍事力で「征服」した国・地域へのまなざしが欠落している。そこに投入された帝国日本の最先端の農業科学技術とそれが普及した現地へのまなざしである。こうした過去への視点からしか、日本の科学技術のみならず、現在世界を覆うバイオ・テクノロジー産業が社会に及ぼした影響に対する内省は生まれない。」(p162)


■日本の稲の特徴によって表現された日本の優越性と挫折
個人的には、ある技術者の言葉が印象に残った。

永井威三郎という技術者の方で、永井荷風の弟らしい。東京帝国大学農科大学卒業後に留学し、帰ってきた後は農林省農事試験場技師となり育種学の研究を進める。その後、朝鮮総督府の農事試験場に赴任し、新品種の育成とその指導に携わる。

ただ、その名前は技術者としてというよりも文筆家として有名になったということ。戦時中に、「米と食糧」といった題名の本などをはじめおつぃて、食糧問題の一般向け啓蒙書を書いていた。


■日本稲は優れている=日本人は優れている
そういった本の中で、戦時中は、以下のように述べて「稲に日本人の優越感を託した」(p102)

「大東亜戦とは米と小麦、水田と畑との文化戦である。稲を作り米を食ふ民族が、麺麭〔パンのこと〕を食ひ、小麦を作る民族に決して劣らない、否彼の為し得ざる処を成し遂げることを事実に示す秋が到来した」(p100)

「大東亜戦とは米と小麦、水田と畑との文化戦である」(p100)

「日本刀は武士の魂です。その切れあぢ、その美しさ、その神々しさは、外国の剣とはくらべものになりません。
 それとよく似てゐるのは日本稲です。日本の稲や米は、その味、形、わらのよいこと、そのほか、外国のものに見ることのできぬ、すぐれた性質をもってゐるのです。」(p102)


■日本稲には欠点がある=日本人には欠点がある
ところが終戦後は…

「この日本稲の特徴は、日本人の性格にも類似が見出されるのではあるまいか。(中略)日本人は敏感である。もう少しあせらずに、自然のままにその特性の円熟を待ってゐたならば、もつと多くの実を結んだかも知れぬ。日本人が作り上げ得る文化の収穫も、日本人の「感光性」が「短日操作」によって促進させられて、遂に一頓挫を来したのでは無かつたらうか。」(p109-110)

というように述べている。同じ稲をとりあげて、戦時中はその特徴によって日本人が優れているということの説明に使っているのに、戦後は日本人が失敗した理由として挙げている。

マスコミもそうやけど、ホント、こういうのは言いようやよなー…こういった説明って今もよくされることが多いけど、流されずにそれはそれ、これはこれといった形で考えられるようにせないかんなーと思った一冊やった。

2012年10月20日土曜日

「嫌われる覚悟」を持つことによって嫌われる度合いが減る気もしてきた

「嫌われる覚悟 ほんとうの嫌われない技術」



  • 今回読んだ本…「嫌われる覚悟 ほんとうの嫌われない技術」
  • 思い出した本…「図解 自分の気持ちをきちんと「伝える」技術」
↓

嫌われる覚悟によって気持ちを伝え合える
→嫌われる覚悟をすることによってそんなに嫌われなくなる?




著者は、対人恐怖症(社会不安障害)を患ったことがあり、引きこもりやニートの経験もある方。状態が悪い時は家族ともほとんど話せない時期もあったけど、そこから今はコミュニケーションの講座の講師をやるまでになっている。その内容は自身の経験を活かしたもの。

「もともとコミュニケーションスキルを備えている人がさらにレベルアップするような内容を提供するのではなく、コミュニケーションが苦手な人がいまよりも落ち着いて話せるような心のあり方をお伝えしたり、ちょっとしたコツで円滑な人間関係を築けるようなスキルを教えたりするのが得意」(p20)とのこと。

というわけで、本書の内容も、なんだかコミュニケーションは苦手だなーと思って頑張りすぎる人への心の処方箋的なものになっている。後半の方で書かれている対処法の話は、考え方を変えましょうとか、表現方法を工夫しましょうとかそういう感じなのでそのあたりは他の本とも共通やけど、「嫌われる覚悟」というキーワードづけがうまいと思う。この一語を知るだけでも割り切りができるというか、腹が据わる感じがする。

もう1つ、「たまには誰かから嫌われる技術」という表現も興味深かった。


■「誰からも嫌われない技術」ではなく「たまには誰かから嫌われる技術」
タイトルも目を引くけど、冒頭の文章もハッキリしていて引きこまれた。

「冒頭でいきなり逆説的なことを述べてしまいますが、コミュニケーション能力を向上させるには「人から嫌われてはならない」と考えるのではなく、「人から嫌われてもよい」と肩の力を抜くとうまくいきやすくなります。「絶対に嫌われてはならない」という前提でスキルを学ぶのと、「たまには嫌われてもよい」という意識でスキルを学ぶのとではついてくる結果がまったく異なるのです。

「人から嫌われてはならない」と思いながら人間関係を築こうとすると実は相当苦しくなります。相手に対して迎合的になり、いつも気をつかわなくてはならず、どっと疲れてしまいます。」(p3)

タイトルにも書かれているように、ポイントというか、著者の想いはこのあたりに凝縮されている感じ。

「「誰からも嫌われない人」など現実に存在しないのです。嫌われてほならないという価値観にがんじがらめになり、人と接するのが億劫になって疲れ果ててしまっているとしたら、いったいなんのためにがんばっているのでしょうか。人から嫌われたくないがために人間関係の築き方がぎこちなくなり、精神的にも疲弊してしまうのであれば、それこそなんのための技術なのかわかりません。幻想を追い求めても出口のないトンネルに迷い込むようなもので、自分自身をますます不幸にするだけではないでしょうか。

 長年コミュニケーション講座を運営している者として、これら間違いだらけのコミュニケーションの現状はとても嘆かわしいもので、講座の中だけでなく、なんとか一般の社会に向けて誤解をときたいという思いを常々持っていました」(p6-7)

「正確に定義すれば本書でめざすのは、「誰からも嫌われない技術」ではなく、「たまには誰かから嫌われる技術」になります。」(p21)



■半分ぐらいの人に好きになってもらおう
そして、このへんの話は

「図解 自分の気持ちをきちんと「伝える」技術」

という本で書いていた、

「とりあえず半分ぐらいの人、自分の好きな人に好きになってもらおう」

という話とも通じるなーと思った。






「もし好かれないことがあっても、それは自分の問題なのか相手の問題なのかを考えることです。自分が問題であれば、自分を変えてもよいし、変えないで好かれないことを選んでもよいのです。
相手があなたのどうしようもないことを好きでないと言うのであれば、それは相手の問題として相手に解決してもらうしかないかもしれません。また、あなた自身が相手とつき合わない決心をしてもいいのです。
すべての人を喜ばせるのは不可能です。
だから、まず今の自分を最大限に発揮して、「とりあえず半分ぐらいの人、自分の好きな人に好きになってもらおう」というあたりから始めることです。」

(「図解 自分の気持ちをきちんと「伝える」技術」p77)


■正規分布するから仕方ない
このへんに関連して、「嫌われる覚悟」の方でもう一つ、「正規分布」という概念を持ち出しているのは結構ユニークだった。

大体どんなものも正規分布になるとすると、「あなたへの好意度」を答えてもらったと仮定した時の答えは、例えばこんな感じになる。

(「嫌われる覚悟」p42の表)

要は、好きだという人もいれば嫌いだという人もいると。

「正規分布という概念を知っていると、「ああ、人に嫌われることがあるのは無理もないことなんだな……」 となんだか納得できるのではないでしょうか。誰からも嫌われないようにすることなんて到底不可能。統計学的にもありえないことなんだ、人に嫌われたとしてもそれは自然なことなんだ、とスッと腑に落ちることと思います。」(p42)

個人的にはあんまりこの説明はスッと腑に落ちなかったけど、こういう割り切り方もあるのかーっていうのは面白かった。


結局、こういう形で、嫌われる覚悟を決めたり、半分くらいの人に好かれてれば十分といった割り切りによって、自分の気持ちをきっちり伝えることができ、相手とも伝え合えるようになるのかなと。そうすると、嫌われる覚悟をすることによってそんなに嫌われなくなるんじゃないかなとも思った。


あと、以下のあたりの著者の想いは頷けるところも多かった。


■最後はあたたかい心で
「同じようにあなたの周囲にいる誰かも、苦しんでいるかもしれません。

 飲み会で誰とも話せず孤立している。いつも眉間に敏を寄せて難しい顔をしている。深い話をしたいのに友人がいないと悩んでいる。
 もしそういった方がいたとしたら、できる範囲で結構ですので、あたたかい気持ちで声をかけてほしいなと思います。
「自分から前に出ていけばいいのに」「もっと笑顔になればいいのに」と相手を変えようとするのではなく、ありのままのその人を受容しましょう。「孤立しちゃうとつらいよね」「眉間に雛を寄せちゃうようなことがあったんだね」「友人がいないと寂しいよね」。まずはそういった気持ちで接してはしいなと思います。」(p221)


■社会を豊かにするための「嫌われる覚悟」
「社会が豊かになるためには「同質性」と「異質性」の両方の視点が欠かせません。「同質性」とは簡単にいえば「周りと同じ」という意味です。似たものどうしであれば考え方も近いですし、何かを決めるときにもスムーズに事が運びます。相手を攻撃する必要もないですし、お互いを嫌いになる可能性も低いため里囲気がよくなります。社会が安定して成り立つためにはある程度似たものどうしが集まる必要があるのです。かといって、似たものどうしだけが集まって、仲よくやっていればそれで社会が豊かになるのかというとそうでもありません。
 「異質性」とは簡単にいえば「みんなとは違う」ということです。みんなと違うということはもしかしたら目立ってしまい、周囲の好奇の目にさらされることもあるかもしれません。しかし、見方を変えれば、別の角度からの考え方、個性を持っているということでもあるのです。ガリレオは地動説を唱えて、カトリック教会から嫌われました。ではガリレオは「嫌われる」からといって自分の説を曲げたでしょうか?ガリレオは意思を曲げず「嫌われること」を覚悟して、自分は自分としての生き方を貫きました。もしガリレオが「嫌われること」を恐れて自説を曲げていたら、はたしてそれが社会のためになったでしょうか。ちょっと極端な例ですが、異質であることは、ある意味で嫌われるリスクも高くなるということです。とはいえ、同時に豊かな社会を創るためのひとつの意見を自分が持っていると考えることもできるのです。
 ガリレオはある意味で、嫌われることを前向きに享受してそれでもなお、社会を愛するがゆえに嫌われたともいえます。いわば「嫌われる覚悟」を決めていたわけです。嫌われる、好かれるといった個人的な枠を超えて、社会のために主張する強さというのは、私たちも見習う必要があるのではないでしょうか。」
(p217-219)


自分が「嫌われる覚悟」を決めることで、自分が相手と違うことを認めることができ、それが逆に相手を受け入れることにもつながるのかなーと思った。「嫌われる覚悟」というのは、嫌われたまんまでもイイやっていうネガティブな割り切りではなくて、一度割り切ることによってより豊かな関係を築くための第一歩を踏み出せるというポジティブな割り切りなのかなーと。

2012年10月19日金曜日

「ほんとうの親鸞」はよく分からないことが分かって逆に面白かった

ほんとうの親鸞


「ほんとうの親鸞」読了。親鸞の名前自体はセンター試験の問題にも出るくらい有名だし、浄土真宗の信徒は、文化庁宗務課刊行「宗教年鑑」によると1300万人近いらしい。


■よくわかってない親鸞像
なのに、意外なほどにその実像っていうのはよく分かっていないことが分かって面白かった。

「歎異抄」とかは日本史の教科書にも書いてあって有名だけど、実は近代までは信徒の目に触れないように禁じられていて、近代になってから知識人が評価するようになったもので、

「浄土真宗という宗派の形成においては、『歎異抄』はまったく重要な役割を果たしていないのである」(p244)

ということ。


もう1つ有名な「教行信証」も、関連した経文の文章を集めたものであって

「経文や他人の文章の集成は、著作とは言えないし、親鸞自身が著作とは考えていなかった可能性が高い」(p190)

と。

さらに、法然との関わりもそこまで強いものだったかどうか分からないらしい。弟子ではあったとしても全体からみて高弟と言われるようなポジション出あったかは不明。

「親鸞自身は法然との近さを強調し、自らがその高弟であったかのように述べているが、それを証明する客観的な資料は存在しない」(p151)

じゃあどうやって広まってきたのかというところで著者の表現が面白い。
特に以下の3つ。

  • 親鸞という夢
  • メディアとしての親鸞
  • 迷いの僧侶



■親鸞という夢
親鸞の教え等がはっきりしないことによって逆にそれぞれの親鸞像を作り上げることができ、いろんな人がいろんな想いを投影できたという考え。それが広がりにつながったということか。

「要するに、親鸞にかんしては、その人物も、その生涯も、そしてその思想もひどく曖昧なのである。
逆に、曖昧であるがゆえに、後生の人間は、それぞれが勝手に独自の親鸞像を作り上げることができたとも言える。実像が明らかでない分、虚像を作り上げることが容易なのである。」(p19)

これを受けて、親鸞のことを掘り下げていく意味を著者は次のように述べている。

「親鸞に託された夢の正体を明らかにすることには、大きな意味があるはず」(p21)

「日本人は親鸞を通してどういう夢を見てきたのか。この本での作業は、日本人のもつ根源的な欲望を示すことにもつながっていくはずである」(p23)


■メディアとしての親鸞
これも面白い表現。

「親鸞は、自らを法然の弟子と位置づけ、法然の教えを伝えることに生涯つとめた。ことなる解釈をする者が出てくれば、それをただし、本来の信仰に引き戻そうとした。
 その点で、親鸞は、宗祖と言えるような存在ではなく、むしろ媒介者であった。法然の説いた浄土宗信仰、阿弥陀信仰を他の人間たちに媒介する役割を果たそうとした。現代風に言えば、親鸞は「メディア」であった。」(p232)

ちなみに、これは親鸞に限らずキリスト教でも同じで、イエス・キリストもユダヤ教の革新運動、ユダヤ教とまったく違うものを作ろうとしたのではなく、すでに説かれていたことをベースに説いたとのこと。

その後の弟子たちが神格化していく。親鸞の場合は、弟子だけでなく、血を受け継ぐ者たちが基盤を作り上げる。


■迷いの僧侶
親鸞は今広がっているイメージでは、非常にはっきりした考えを持った強い人のように見えているが、実はそうではなく、迷いながら歩みを進めていたのではないかという見方。

「親鸞は、法然の忠実な弟子となり、専修念仏の教えに従おうとしていながら、揺れ、惑い続けた人物である。逆に、揺れや惑いがあったからこそ、東国の門徒たちは親鸞に従おうとしたのであろう。」(p248)

「カリスマも超人も、ほんとうはいない。ほんとうの親鸞は、私たちと近いところにいて、生涯にわたって、正しい信仰の道を追い求めつつも、揺れ、惑い続けた存在なのである。」(p249)

これに関連して「おわりに」の冒頭に書いてあった

「浄土真宗という宗派は本来、誕生すべきではなかった。」(p240)

という言葉がギョッとする。けど、それに続く言葉を読むと著者の意図が分かる。

「宗祖とされる親鸞の実像を追っていくと、その感を強くする。親鸞自身には、新たな宗派を起こそうという気持ちは微塵もなかった。親鸞はただ、法然の説く専修念仏の教えに忠実であろうとした。正確に言えば、忠実であろうとして最後まで揺れ続けた」(p240)

最後に、著者は

「この本を描き上げて、私のなかから親鸞に対する苦手意識は消えた。親鸞は特別な人物ではない。超人でも巨人でもなく、実は普通の人間なのである」(p252)

と述べている。このあたりの想いが「ほんとうの親鸞」というタイトルにもあらわれている。


■親鸞、ちょっと近くなったかもしらん…
自分が日本史を高校で勉強したときも、親鸞のことって苦手意識とまではいかなくてもよくわからない感じはあった。

この本を読んでそもそも分からないんだということが分かったことによって、逆になんか親しみを感じられるようになった。教祖としてではなく、人間としての親鸞像によってさらに近くなった感じがする。

前に読んだ聖徳太子はいなかったっていうことを論証していた本もやったけど、歴史って学校で習った時から新たな説や資料が出てきたりしているから、そういうのを知るとまた違った角度から見ることができて面白い。そういう視点をまた1つ増やせる本やった。

2012年10月18日木曜日

中堅社員から組織を活性化させる「ジュニアボード・マネジメント」という手法

ジュニアボード・マネジメント 中堅社員の経営感覚を磨き、組織を活性化させる新経営手法 PHPビジネス選書
手塚貞治「ジュニアボード・マネジメント 中堅社員の経営感覚を磨き、組織を活性化させる新経営手法」読了。

ジュニアボードっていう、中堅クラス社員を対象とした擬似役員会を設け、そこから斬新な意見を取り入れることによって、経営改革を行うという手法について紹介している本。

1930年代にアメリカのマコーミックっていう会社で複合経営制(Multiple Management)という形ですでに行われていて、日本でも横河電機、CSKグループ、ユニ・チャーム、アンリツ、インテック等の会社の例が紹介されとった。

途中からSWOTとかKJ法とか戦略のまとめ方みたいな話に寄っていっててそのへんは戦略関連の本と内容的には変わらんかも。

ただ、「お勉強」ではなく「会社を動かす」ことに重点を置いているので、手法の紹介も人選の仕方や検討会の頻度、分科会の作り方等が記載されていて薄いわりに結講実践につなげやすそうな内容。

ジュニアボードという手法そのものをやるかどうかは別として考え方はなるほどと思えたし、こういう手法もあるんやなーということで1つの参考になった。

あと、ジュニアボードと直接関係ある話ではないけど、「課題」についての以下の話が印象に残った。

「いずれにせよ、「誰が悪い」とか「あれがない」「これがない」というのは「課題」とは言わない。解決不能だからだ。「課題」とは適切な対策を打って解消できるものを言う」(p87)

「誰が悪い」とか「あれがない」っていうのも「課題」と言えば課題なんやろうけど、それだけ言ってても解決に進むことは少ないのでこういう視点は大事やと思う。

人の問題なら、「誰が悪い」でとどめないで、なんでそういうふうになっているのかを掘り下げる方が建設的やろなーと改めて思った。

2012年10月16日火曜日

「謙虚であること」と「自己信頼をしないこと」の違いが述べられている「図解 NLPコーチング練習帳 脳の戦略から変化を引き出す」


図解NLPコーチング練習帳―脳の戦略から変化を引き出す

この著者の本は2冊目やけど、図解での解説シリーズを何冊か出してるっぽい。

今回のものは結講専門的な用語の羅列みたいなところも多くて、専門的に勉強している人には良さそうやけど、入門として読むにはちょっと読みづらい感じ。

全体的には、前回読んだ「図解 NLPコーチング術 やる気と能力を引き出す」の方が分かりやすかった。

基本的な解説内容は同じやけど、こちらの本で読んだ中では、人は成功を恐れているっていう話が印象に残った。謙虚であることと自己信頼をしないことっていうのは別の話であるということ。

■人は成功を恐れている
「人が最も恐れているもの-それは、自分の想像を超えた成功です。その壮大さや輝きをどうしても直視できないで自分でおとしめ、値引きしてしまうことがあります」(p22)

「美徳とされる「謙虚でいること」と「自己信頼をしないこと」を区別できない人によく出会います(中略)「謙虚でありながら、まだまだ成長し、自分の価値の最大化を達成する存在として、自らを信頼すること」は、できるはずです。」(p22)

「私たちが最も恐れるのは、能力がないことではなく、計り知れないほど能力があることなのです!
 私たちが最も恐れるのは、闇ではなく、光なのです!
 自分を卑小化することは、世の中に何ら役に立ちません。
 他の人が不安にならないように、自分を小さく見せることは、賢明とは言えません!
 自分の光を輝かせることによって、無意識のうちに他の人たちも輝くことを、自分に許せるようになります。
 私たちが自分自身の恐怖を乗り越えたとき、私たちがそこにいるだけで、自然に他の人をも自由に解放してゆくことができるのです」-マリアンヌ・ウィリアムソン
(p82)

あと、以下のあたりはコミュニケーションの話で共通の話やけど良い復習になった。

■コミュニケーションとは
「コミュニケーションとは、あなたが相手から引き出した反応だ」
「何を言おうが、何を見せようが、相手が「この人はこう言った」と思ってしている反応が、あなたの「伝えたこと」に他ならない」
(p70)


■意味はフレームによって決まる
例:雨が降っている
「なんだかうっとうしい天気で、気分も滅入っちゃうな!」
=「天気が悪いのは良くない」という一般化

しかし、トルコでは雨は「天気が良い」という意味
(p60)

このあたりは何度聞いても実際のコミュニケーションの際にはついつい忘れがちなんで、度々思い返して心に刻み込まんとなーと改めて確認。

最後にもう1つ、以下の考え方は前向きに生きるのに良いなーと思った。

■意図を持って起きる
「目が覚めたら、『今日一日エネルギッシュに過ごすぞ!』と言いながら、一気に上半身を起こして両腕を天井に突き上げ、『オハヨウ』と自分に言う」
→全く違った一日になる
(p66)

2012年10月15日月曜日

どの立場でみるかで意見が変わることを再認識した「日本経済の奇妙な常識」

日本経済の奇妙な常識 (講談社現代新書)

著者の問題意識としては

「震災や福島原発危機が発生する前から、すでに日本経済が大きな危機に陥っていたことを忘れてはなりません。過去からの危機の構造を正しく理解し、それに対処することをきちんと考えてから、震災復興を上乗せして論じるべき」(p10)

というもの。

具体的には、以下のような点について著者の見方からの説明をしている。

  • アメリカ国債が格下げされたにかかわらず金利が下降している理由
  • 資源価格が高騰しているのに日本はデフレのままである理由
  • 円高円高と言われているが実効レートでみても本当に円高なのか
説明の内容を端的にまとめると、アメリカの住宅バブルを増幅させたのは日本政府と日本銀行で、それがめぐりめぐって日本のデフレや所得格差拡大につながっているという話。

日銀の金融緩和(量的緩和)、日本政府の円売り・ドル買いと共にFRBの金融引締の足を引っ張ったという主張。

実効レートで見ると円安だったにも関わらず、円高だと言ってやりすぎの介入
↓
海外での金融投機を増幅
↓
住宅バブルを大きく成長させ、バブル崩壊のインパクトを強める

また、日本の金融緩和によって、円を低利で借りて他の金融資産で運用する取引にお金が流入し、アメリカ国債の下支え。

ただし、アメリカ国債への流入には限界がある。
↓
アメリカ国債への行き場を失った投機マネーが資源に流入
「デフレ対策として日本政府や日本銀行がおこなった経済政策が副産物として育ててしまったグローバル投機マネーが、アメリカ国債の発行規模の変化に影響されて、国際的な資源価格を高騰させた」(p53-54)
…日本の物価が下がる一方で、国際的な資源価格が高騰したからくり

「リーマンショックによって起きた深刻な世界不況の責任の一端は、日本政府と日本銀行にもあったのです」(p44)

そして資源価格高騰は日本にインフレをもたらすどころか賃金デフレをもたらす。

資源価格の高騰
↓
中小企業は価格に転化できず
↓
コスト上昇分は労働者の賃金カットで吸収
↓
幅広い年齢層での所得格差を拡大

説明の内容自体は分かりやすいし面白いけど、経済系の話はいろんな話があって、何が本当か分からんから鵜呑みにはできん。

その分自分なりに考えることが大事なんやけど、こういうのを読むともうちょっと大学の時に経済、特に財政や金融とかの勉強をしっかりやっときゃ良かったなーと思う。まあ悔やんでも変わるもんでもないので、今からでも少しずつ勉強せんとやけど。

あと、円高はいいとか悪いとかっていう話はあるけど、マスメディアの報道はいい加減っていう話は頷ける。

過去には「円高が望ましい」「円安はよくない」という報道がテレビや新聞でもあったけど、今は「円高は日本の製造業にダメージを与えるから阻止すべきだ」みたいな話をよく聞く。

「どの立場でみるかで意見が変わる」(p205)というのはそのとおりだと思うので、ポジショントークを踏まえた上でとらえんとやなーということを感じた一冊やった。

あと、豆知識的なところとして、1871年に日本で円という通貨が誕生した時の最初の対米ドル円相場は1ドル=1円やったっていうのは驚きやった。データ自体は前に見たことあったと思うけどすっかり忘れてたか元々知らんかったか。そうやったんやなー。

2012年10月10日水曜日

NLPの概要を図解でさっと学ぶのに良さそうな「図解 NLPコーチング術 やる気と能力を引き出す」

図解NLPコーチング術―やる気と能力を引き出す

「図解 NLPコーチング術 やる気と能力を引き出す」読了。大判で持ち運びにはちょっと大きいけど、見開き2ページで1トピックを、図表を使って解説されていて分かりやすかった。

NLPの話をコーチングとの組み合わせで解説していて、自分に働きかけるというより相手に働きかける視点に重点が置かれている感じ(セルフコーチングの話もあるけど)。

他の本に比べると、本自体が薄いこともあってそんなに深くはないけど、ざっと概要をさっとつかむには手軽に読めて良い感じやと思う。でかいので持ち運びづらいのがやや難やったけど(^^;)

最近NLPが面白いなーと思ってるけど、そのへんが以下のあたりによく表されとった。

「NLPでは、まず「自分が知っていることをどのように知っているか」を学びます。「脳は五感を通して物事を理解する」という大前提にのっとって「知覚の鋭敏さ」を養うためのアプローチがあります」(p8)

「私たちが見て、聞いて、感じている世界は「現実」そのものではない」

単なるコミュニケーションのテクニックと言うよりは、「自分が知っていることをどのように知っているか」っていうところからスタートするんで、自分自身の思考の構造の理解にもつながるから面白いんかなー。

以下の前提はいい言葉が並んでるので時々見返したい。

■「NLP×コーチング」の前提
◎「地図は領土ではない」=コミュニケーションの本質を知る
 人間は現実に反応するのではなく、現実を知覚し、描いた地図に反応する

◎人間は、常に現時点で可能な最善を尽くしている

◎人間は、変化に必要なリソース(資源)をすでに持っている
 リソース=過去の体験、人脈、豊かな五感、才能、能力、身体など

◎他者の世界観=地図・フィールドを尊重することは、コミュニケーションの基本条件であり、それは柔軟性の発揮によって手に入る

◎誰かにできることは、ほかの人(あなた)にもできる

◎心と身体は「心身一如」であり、一つの有機的システムである
 呼吸―脳内物質を変えることで変化させる=姿勢を変える

◎何も選択しないよりは、何かを選択した方がよい
 行動する、やってみるとわかってくる

◎「失敗」はない!あるのはフィードバックだけである

◎相手の今の反応が、今あなたが行ったコミュニケーションの成果・結果である
 「何を話すか?」ではなく、「どんな反応を起こすか?」

◎ピンチ(問題・制限)は、絶好のチャンス(機会)である
 意識レベルを変える。意味や見方を変える

◎すべての人間の行動には肯定的な意図がある。また、すべての行動は何かの役に立っており、価値がある

◎「現実を体験する方法(解釈)を変化させる能力」は、現実そのものを変化させるよりも効果的であることが多い
 誰もが「脳の中での解釈に一喜一憂している」のだから、解釈やイメージを変化させるほうが効率的で素早い
(p27)