2015年9月26日土曜日

「農は甦る 常識を覆す現場から」から伝わってくるこれまでとこれからの農業の姿

農は甦る

これまでの農業の課題とこれからの農業の可能性を考える上で充実の内容。事例も豊富。時代も戦後農政や農業基本法の話から現在の制度まで、形態もNPO、個人から企業まで、単作と複合経営といった耕作形態など幅広く扱われている。

一方で、個々の経営者や農業者の方も1人1人取材されていて、背景にある想いも踏まえながら丁寧にまとめていっている。取材もある時点だけでなく、ある時点から一定時間経過した時にどうなっているかというところまで追いかけられていて、それぞれの方の変化したところ変わらないところもわかって面白かった。

個人的には、らでぃっしゅぼーやの成り立ちとかこれまでの発展とかは、うっすら聞きかじっていたりしたけどちゃんと聞いたことがなかったので参考になった。他にも見知っている名前がちらほら出てきて内容も入りやすかった。

いろんな論点の中で印象に残ったのが企業の参入の意義の話。企業が入ることで生産管理はじめ技術や資本、その他販促や業務系のノウハウを投入して効率化ができるみたいなイメージの話が多いけど、実際にはそれだけで片付かない話も多い。そもそも生産の部分はこれまでにもある程度技術が突き詰められていて、農業自体のノウハウがない企業がポンと入ってすぐにどうこうなるものでもない面も少なくない。

ある事例では、オランダ式の最先端の栽培施設を持ってきたがうまくいかず頓挫。担当者の言葉のなかには、ヨーロッパのトマトの中心は調理用でそれに向く施設だったにも関わらず生食の高級トマトを作るような設計になっていてマッチしなかったことなどもあげられていた。

読んで一瞬、そんな根本的なところから…と思ったけど、よく考えるとそれは後知恵でしかなくて、やる前に十分予見できていなかったことややってみて初めてわかったことが、この話と同様にたくさんあるんやろうなーと思った。そういうところにうまく対処できるのがノウハウや経験だと思うんやけど、そういうものをいかに得て活かしていくか、あるいは積み重なっていくまで我慢できるか、続けられるかというところでなかなかうまくいっていない例があった。

そのあたりも踏まえつつ、生産だけではなくて別の面にも目を向けるべきだとしていて、確かになと思った。

「企業がみずから農場を持ち、農産物を作っても、システム全体の変革にはならない。生産に手を出す意義を全面的に否定するつもりはないが、生産者もその面では努力してきた。そうではなく、企業が農業とのかかわり方を変えていくことが、農業再生の起爆剤になる」(p229)

生産だけに着目するのではなく、生産者と消費者、生産と販売をつなぐ流通のところがキーというのが著者の見立て。生産者の話の中では、販路に関しての以下のような言葉があって印象に残った。

「営業なんかせんでも、仕事は山ほどある。応えられてないわけじゃないですか、ニーズに。ニーズがあるなら、役に立ってあげればいいんですよ」(p137)

著者は次のようにもまとめている。

「契約栽培が増えるなか、「いかに発注に応えるか」が課題になっていた。メーカーはときに発注を数倍に増やす。坂上はこの期待に100%応えようとした。「『100作ります』ちゅうたら、100作るんですよ。『ごめん、95で勘弁して』って一回でも言おうものなら、『こいつはひょっとしたら95しか作らない』と思われるようになる」。
 無理な要請もできるだけ受ける。受けたら、約束を守る」(p142)

約束を守るっていうとシンプルに聞こえるけど、天候はじめいろんな条件や制約があるなかでそれをきっちりやりきれるところは少なく、だからこそそれをやれるところにニーズも期待も集まってくるということ。先日機会があってお伺いしたある生産者企業の方も同じようなことを仰っていたのを思い出した。

野菜くらぶの沢浦さんの次のような言葉も。

「高齢化でみんな生産できなくなる。そうなったとき、だれに注文が来るのか。盤石の生産基盤があり、約束を守る。そういう仕組みがあるところに来るんです」(p172)

約束を守るということについてまた違った観点である企業と生産者の契約の話もあった。最初に話をしていたにも関わらず、契約していた価格より相場が高騰すると「出すもんないよ」と言ってくる農家がでてきて、農場を見に行くと倉庫の中に無いはずの野菜が積んであったりするような事例があったらしい。このへんは当たり前といえば当たり前なんやけど、いかに信頼関係を築いていくかという話でもある。当たり前のことを当たり前にきっちりやっていければ十分にまだまだできることや伸びる余地があるのかもなーという気もした。

あと、システムに関しての話も印象的やった。

「なぜシステムが必要になったのか。従業員が増え始めたころ、坂上はいかに自分の意図を伝えるかに苦心した。誤解されると、計画が狂いかねない。だから「従業員が考えなくていい仕組みを作ろうと思った」。目的はミスを犯さないよう管理することにあった。
 ところが、実際やってみると、『つぎはこうですよね』って言ってくる」。坂上は気づいた。「環境さえととのえれば、覚えていくんです。そこで『管理』から『支援』に変えたんです」。システムの基本は変えていない。形の変化より、システムを使う発想を変えたことが大きい」(p146)

上記とは別の観点で、野菜くらぶの沢浦さんの事務に関する言葉。

「農業やりながら伝票の整理なんかしてたら、農業やる暇はない。事務をやる人を雇用しなきゃなんない。その人に給料を払うには、それなりの販売量を持たなきゃなんない。そういったことを一つひとつやりながら、いまの規模になってきたわけです」(p160)

このあたりは今携わっているクラウドでの農家支援というところとも通じる話やなーと思ったし、そもそも一般的に営業活動にも通じるので、CRMの意義ともつながるなーとも思ったりした。

その他、以下いくつか印象に残った言葉。

まず、「分散した畑は苦にならないか」という著者の質問に対するサカタニ農産の坂上さんの答え。

「一枚の畑で三百枚分あったほうが、絶対いいですよ。でも、そんなこと言ったって話にならんでしょ。だって、おれの足が長いとか短いとか、いまさら言っても」(p137)

その他ランダムに。

「法人にすることで、つぎの世代に引きついでいきたい。都市と農村をつなぐ役割をはたし若い世代につないでいくのがみんなの希望です」(p256)ーNPO法人馬頭農村塾 野崎さん

「お金ってもんはどうためこむかではなく、どう使うかなんです」(p260)ーサカタニ農産 坂上さん

「あたしこういうところが好きなの。採算がどうのっていうことより、お金を使うっていのはこういうことじゃないですか。自分がやったことが形になり、この山が証拠として育っていく。これが楽しいんです」(p259)ーえこふぁーむ 中村さん(かつて人工林で禿山になっていたところにクヌギを植えて)


全体を通じて、農業の話としてはもちろんのこと、農業の枠にとどまらずこれからの社会や人の生き方のあり方を考える上でもいろいろ示唆に富む事例が豊富な一冊やった。 

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