2015年3月2日月曜日

「「全身◯活」時代 就活・婚活・保活からみる社会論」の感想

「全身〇活」時代―就活・婚活・保活からみる社会論

もともと「現代思想」という雑誌に掲載された対談をもとに発展させて追加の対談を行って掲載したもの。

対談者の方は奨学金問題対策を行っている大内裕和さんという方と、もともと朝日新聞に勤めていて労働や雇用問題に関する調査や報告を行っているジャーナリストの竹信三恵子さんという方。竹信さんは、前に読んだ「家事労働ハラスメント」の著者。

構成としては3部からなり、表題にある、就活、婚活、保活をそれぞれ主題としている。ただ、根底にある問題の構造は共通していて、テーマを変えつつもその共通部分が通奏低音のように響いてくる感じ。問題点としては、長時間労働や格差の拡大など、他でもよくあげられるところ。その中で特に、世代による感覚の差について繰り返し議論されている。

大きく2つの層に分かれていて、その間に「世代間断層」があるという。具体的には、以下の2つ。
・高度成長期からバブル経済期にかけて社会に出た層
 「高度成長期の成功イメージが忘れられず、危機に陥るたびにその時の解決方法を繰り返すことで機器からの脱出を図ろうとする人々」(p10)
 円安になれば、オリンピックがくれば、女性が家事や子育てに専念すれば…といった言説で「夢よ、もう一度」の発想で物事をフラッシュバックさせる。

・バブルが終わった後に社会に出た層
 「生まれた時から低成長社会で、その後のデフレ時代を生き続けてきた世代」(p10)
 産業は空洞化し、オリンピックが来てもその効果は行き渡らない、夫の雇用の安定もないし非正規化も進む上に、「そもそも少子化で数が少なく、社会に異議を申し立てる方法についての教育も乏しいなかで育ってきている」ため「あなたがたに見えている社会は、もはや幻想にすぎない」(p11)という講義の発信さえ十分にできない。

こうした世代間の断層を背景に、就活、婚活、保活といった形で問題が表出している。就活については「一言で言えば「二〇三高地攻め」」(p18)であり、エントリーシートを大量に出せとか就職できるまで会社周りを続けろとかいった状況を歩兵の人海戦術で突破する状況になぞらえている。しかもそれを突破してなんとか就職できたところで苦しい状況があったり。

その親の世代は、バブルを経験していて正社員になればなんとかなるという発想。子どもは子どもで親を失望させたくないという思いでがんばって正社員内定の道へ突き進む。これに関して引用されているのが以下の話。

「戦前の徴兵で、当人が戦争がいやで逃げ出したら母親が軍に密告した、といったエピソードがありますが、軍隊に放り込んだら戦争で殺されるとわかっていても、行かないと社会のなかで居場所がなくなってしまうので、密告して引き戻すのが親の愛、という状況になってしまっているのではないかという印象すら受けます」(p30)

ちょっと極端な例えかもしらんけど、こういう感じはあるんやろか…しかもちょっとショックだったのが最近の学生の反応の話。愛知県の「学費と奨学金を考える会」というところの学生が、周囲の学生に対して、奨学金返済の困難さと悪影響について話をすると「そんなことを話題にするのはやめてくれ」(p90)と言われるらしい。

そんな「重い話」はやめてくれということらしいけど、対談者の方が大学で講義しても、名ばかり正社員やブラック企業の話をすると、それもまたそういう話はやめてほしいという反応がくるという。もちろん、それに刺激を受けて考えたり行動したりする学生もいるけど、二極化しているということ。「空気なんか読んでいると正しい判断が出来なくなるから空気は読むな」(p93)と言っても「私は先生とは違うんです」(p93)という反応が返ってきたり。

学生だけでなく、対談者の竹信さんが2013年の参院選の前に友人に「アベノミクスは安定多数を取って憲法を変えるための『毛ばり』かもしれない。憲法改定が嫌だと思うなら自民に入れたら危ない」というと、「そんな話聞きたくない!」「これまで両親の介護をしてきて、二人を見送って、やっとこれから自分の人生を立て直そうとしているときに、そんな嫌な話聞かせないで!」という反応があったという。「みんな疲れていて、現実に向き合う余力もなくなっている」(p165)ということやけど、思考停止なんやろか…

男女の意識の話にしても、ゼミの学生の調査でインタビューをしたところ、男子学生からは「共働きはいいと思うが、やっぱり女性を養うのは男の沽券」と言う声があったり、女子学生からは「いいお母さんになりたいという思いが先に立って就活に身が入らない」(p104)という反応がきたり。「働く」という選択肢に対する現実味がない中で、さらに「みんなが言うから性別分業でいい」(p105)という空気も強まっている面があるかもという。

最後の保活の話は、保育所の歴史などもまとめられていてそれも結構参考になった。あと、これも結構ショックだったのが、対談者の大内さんが名古屋市と北九州市の保育士さんから聞いたという話。保育所での「いじめ」のパターンが変わってきていて、以前は階層間格差が比較的小さく、ちょっと人と違うふるまいをする子がいじめられることが多かった。

最近は、階層差がいじめの原因になってきていて、その背景にあるのが、一定数の母親が自分の子どもに対して「絶対に大学に行くな」と言い聞かせているといこと。保育士さんから今の段階では将来なんてわからないじゃないかという話をしても「何を言っているの。子どもに『大学に行く』なんて気を起こされたらおしまいでしょう。今からきつく言い聞かせておかないと」(p233)と言うそう。そして、「大学に行くな」と言われている子どもが、大学に行けそうな豊かな家庭の子をいじめるという。これが名古屋と北九州の2カ所で起きている。

また、バイトの話もかなりいろいろ。大学生になっても、バイトの拘束力がかなり強くなっていて、バイト先の職場で責任者になっていて責任を持たされていたりして、トラブルが起こると授業中でも携帯に電話が来る。その分の給料は出ない。「これバイト?」というレベルになってきている。ある工業高校の生徒は国立大学に推薦入学で入れるけど入学を蹴ったり、東京の有名私立大学に授業料免除で入れるにもかかわらずそれを蹴って就職したりという例も(p239)。バイトでの酷使について相談の電話をしてきた高校生は、事務所に相談に来てほしいというと、交通費があったらお母さんにあげたいということで交通費が出せないという。

上記のように、就活、婚活、保活をテーマにしつつ、今の世の中の生きづらい感じとその背景にある問題をいろいろと取り上げている。問題の構造や概要については、よく言われている話とも重なるけど、現場を取材してきている方が対談しているので、上であげたように具体的な事例の話が出てきていてそれが特に心に残った。

もともとは就活だけをテーマにした対談だったのが、好評につき続いて、対談している中で次のテーマが見出されてつながっていったという。対談者の方はそれは伏線というか必然だったのではと感じているということ。「良くも悪くも戦後の社会秩序と人々のライフコースを支えた日本型雇用が、新自由主義グローバリズムによって解体し、「就職」「結婚」「保育・子育て」を著しく困難なもの」にしている」「「全身◯活」とは、実現させることが極めて困難な構造がつくられてしまっているにもかかわらず、過去の「当たり前」に固執せざるを得ない若年層の苦境を明確に映し出して」(p250)いるということ。

読んでいて楽しい話ではないけど、今話題になっているようなキーワードから表層的な話にとどまらずに、現場での声や社会構造の変化の話まで、考えさせられる一冊やった。

0 件のコメント:

コメントを投稿