2013年7月1日月曜日

「陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝」に学ぶ克己堅忍の意志力と陰徳を積むということ

陰徳を積む―銀行王・安田善次郎伝  

安田財閥(現芙蓉グループ)の創始者、安田善次郎さんの生涯についての本。今や「知る人ぞ知る人物になってしまっている」(p307)けど、「明治維新政府が順調に国家経営を進めていけたのは、この安田善次郎という実に頼りになる金融界の大立者の存在があったればこそであったと言える」ほどの方。

自分も安田講堂の話で名前だけは知っていたけど、具体的にどういう方だったのかはこれまであまり知らなかった。この本を読んで、こうした先達がいたのかと目を見開かされた感じ。そういう意味では「海賊と呼ばれた男」とも通じる部分がある(ただ、個人的にはあっちの方が小説というスタイルもあってか本としては面白かったけど)。

全体としては、本書のタイトルにあるような「陰徳」についての話がメインテーマになっていくのかなとも思ったけど、それはわりと一部の話やった。どちらかというと安田善次郎さんの生涯を、既存の文献をもとに丁寧にまとめ直している感じ。


■克己堅忍の意志力
本書の中で、安田善次郎さん本人が自分の人生を振り返って述べた次の言葉が紹介されている。

「私にはなんら人に勝れた学問もない。才知もない。技能もないものではあるけれども、ただ克己堅忍の意志力を修養した一点においては、決して人に負けないと信じている。富山の田舎から飛び出して、一個の小僧として奉公し、承認として身を立てて今日に至るまでの六十余年の奮闘は、これを一言に約めれば克己堅忍の意志力を修養するための努力に外ならぬのである」(p43)

本書では全体を通じてこういう過程が描かれている。これを受けて、著者は次のように述べている。

「"克己堅忍"という言葉は最近はやらない"根性系精神論"の代表だが、そんな現代人の失ってしまった"意志の力"が、安田善次郎の中には満ち溢れている」(p43)

確かにずっと読んでいくとこの意志の力はすごい。よくもこれだけ修養できるなーという感じ。あんまり真似できそうにないけど…(^^;)


■地道な積み上げ
上の克己堅忍の話もそうやけど、銀行という業界の特性上なのか、コツコツとやっていくという姿勢。

「最近の起業家は収益性の高いビジネスモデルの構築にまず力を注ぐが、善次郎はもちろん戦前までの商人は、客あしらいにもっとも力を入れた。客の気持ちになり、彼らの欲しているものを提供し、彼らに気持ち良く帰ってもらうことで贔屓の客を増やしていく。それこそが商売の基本(いわゆる"前垂れ商法")であり、善次郎も地道にその技術をみがいた」(p40)

起業家をいっしょくたにしすぎだと思うし、収益性の高いビジネスモデルの構築が悪いことかのように書かれていてそこは違和感があるけど、この話自体は印象に残った。


■陰徳を積む
タイトルにある陰徳については、多くはないものの所々でエピソードが紹介されている。

例えば、奉公先で履き物を誰に言われなくても自然にそろえたとか、旅先のお寺で和尚さんに説教してもらったことをずっと覚えていて成功してからお礼を言いに立ち寄るとか、初期の頃に勤めてくれた社員の命日に墓参を欠かさなかったとか。。

大本は、父親からそういう考え方を叩き込まれたことがベースにあったらしい。そこのあたりの話ももう少し詳しく読んでみたかったけど、そのへんはさらっと。しかし改めて幼少期の教育っていうのは後々まで影響するんやなーと思った。

上のあたりはわりと細かなレベルのエピソードやけど、自社が発展していくにしたがって、貢献の仕方のスケールも大きくなっていく。特に政府系で引き受け手がないような両替業務とか国債の引き受けとか、各種銀行の設立のアドバイスにのったり、再建に協力したりといったことを通じて日本の金融を支えていく。もちろん商売としてっていうところもあるやろうけど、それと同時に日本の役に立つというところもあわせて考えられていた。

こうした想いは当時の世間からはあまり理解されなかったようで世間からは批判も多かったよう。当初は断っていたものを無理にお願いされて引き受けて頑張ったのに、儲けのためにやったと批判されたり…

しかし、無理に自分の功績をアピールしようとしなかったことが仇となり、最終的にはテロの犠牲になってしまう…これも陰徳故か。著者も次のように述べている。

「真の姿が世間に伝わらなかったのには理由がある。陰徳の人であったからだ。そのため、危機が過ぎ去るとすぐに恩を忘れられ、今度は逆に金の亡者だとののしられた」(p306)

後藤新平をはじめ、安田さんの想いやそれまでの貢献を理解していた人たちからは惜しい人を亡くしてしまったと嘆かれたという。

人物評価についてはもちろん、人によって見方は異なるので賛否両論あるとは思うけど、本書のトーンは基本的には肯定的なので、光の側面に焦点を当てている書き方。


■社員は手足?
その中で1つ気になったのが人材についての話。

「私は元来自分で計画し、自分で実行することを主義としておる者だ。すなわち自分から司令官となり、かつ参謀長になるのであるから、トンと幕僚の必要を感じたことがなかった。とはいえ何事を成すにも、唯ひとりでは仕事が出来るものではないのである。相当に部下を要するのは勿論であるが、それらの人はみな私の命ずることには、絶対に服従して私の意志を確実に行うものたるに限るのである。一言にて申せば、まったく己れを殺して私の手足となり、しかして私の為に働くものでなければならぬ」(p170)

すごい人やと思うしけど、一緒に働くには大変やったかもなー…


全体を通して、「海賊と呼ばれた男」の方が感動したしぐいぐいひき込まれて読んだ気がする。淡々としている感じの書き方なのか、構成の問題なのかとも思ってけど、上のようなところも気になったのもあるかもなーと思った。

ただ、たまたま同じ時期に読んだから比べちゃっただけで本来は別々とは思うけど、こちらはこちらでまた別の角度から日本を支えていった事業家の軌跡を学べる一冊やった。

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