2013年1月26日土曜日

「医療防衛」―「なぜ日本医師会は闘うのか」が分かる一冊

医療防衛 なぜ日本医師会は闘うのか (角川oneテーマ)

「日本医師会は、開業医の利益団体ではない」という序文から始まる。

「チーム・バチスタの栄光」のシリーズの著者であり医師でもある海堂尊さんが、日本医師会の常任理事である今村聡さんへの取材を元に対話風に医療の現状について描いている。

できるだけ噛み砕いて説明したり、小説の登場人物を登場させたりと、読みやすくするような工夫がされている。それでもテーマが大きく、複雑なものもあるため、読むのに頭使うところも多い。

ただ、これから医療含む社会保障について考えていく上で、読んでおくと良い一冊ではあるなと思った。


■日本医師会は、開業医の利益団体ではない
では、日本医師会は何の組織かというと、「医師の代表機関」。そして、これは広く一般市民のためのものでもあるということが述べられている。

「医師を代表するわけだから、医療を守るための民間団体でもある。
 医療を守るということはすなわち、市民社会を守るということに等しい。
 そうしたことを、ひとりでも多くの市民に理解してもらいたい」
(p3)

海堂さんはまた次のようにも述べている

「いいものは、いい。であれば、そのことをできるだけ多くの人に知ってもらいたい。そうすれば日本の未来はその分だけ明るくなる」(p4)

読み進めていくとこうした想いが伝わってくる。海堂さん自身も、日本医師会にも闇の部分があるはずと述べているが、それでも現状はいい部分にほとんど光が当たっていない。

そこで、ヨイショ本を作ったと批判されても構わないという想いの元、この本を作られたということ。確かに読み進めていくと、日本医師会へのイメージが全然変わってくる。

自分自身もなんとなく政治的な団体のイメージを持っていたけど、そもそもは医師の代表機関。構成も、勤務医と開業医が半々。この時点で開業医の利益団体というイメージからずれる。

また、学術的な活動も行っていて、日本医学会は日本医師会の一部門として位置づけされていて、シンクタンク的な機能も持っている。他にも医学生の支援なども行っている。

その他、東日本大震災関連でも積極的に活動していて、合意書についての問題提起も行なったということ。具体的には、合意書147ページに『サインしたら、あと一切何も言いません』という文言が入っているのはとんでもないと指摘。

これがヤフー等でも配信され話題になったけど、日本医師会内のシンクタンクに専属職員として弁護士が2人いるからできたということ。この2人が徹底的に書類に目を通して問題点を指摘。

厳密に言うと直接的に医療に関わるところではないが、大きな社会問題は最終的に医療問題に関わってくること、また、他にやれるところがないということでそういった対応を実施したということ。

また、積み立てておいた災害対策積立金の中からすぐに救助に行く全国の医師会に支援金の形で4200万円を拠出。被災県の県医師会にも災害発生後まもなく9000万円出していて、義捐金や寄付にも積極的に対応。

さらに、構想段階だった災害医療チームを急きょ実現させ、自給自足を原則として医療チームを現地に派遣。平成23年11月18日時点で6841名の人を派遣。日赤は業務という位置づけに対し、こちらはボランティア。

日赤の活動も価値があるとしても、こういった事実はあまり報じられないということ。最初にも海堂さんが言ってたように、闇の部分もあるやろうけど、それにしてもイメージが偏ってるよな…


■医療とお金
読んでみてちょっとショックだったのが、現場に払われるお金がどんどん減っているという話。

例えば、診療報酬。これもなんとなくイメージで、ほとんどそのままお医者さんの給料になると思っていたけどそうではない。お医者さん以外の人件費、医薬品、材料費、設備投資費をはじめとする経費も含まれている。つまり、一般的な企業で言うところの「売上高」。

それなのに、メディアではそこをとりあげて、診療報酬の値上げ要望を医者の収入アップ運動のように扱っている。実際は、診療報酬を0.数%下げるだけで、利益ギリギリの病院や診療所では経営が困難になったり、収入が10%以上マイナスになったりする。

こういう中で、医療経済実態調査ではイメージ操作と見えるような比較もされている。医師の収入の比較がされているけど、病院の勤務医と開業医の院長とを比較している。これは、社長と一般社員を比較するようなもの。

さらに、幅広く目を向ければ、金持ちの医者もいれば貧乏な医者もいる。それをいっしょくたにしてしまってなんとなく医者は金持ちみたいなイメージにされている(自分もそういうイメージやった)。

しかも開業医は起業と同じようにいろんなリスクをとって開業しているのに、そのリスクに対する対価という視点はあまり触れられない。共著者の今村さん自身も開業してから最初の5年間は勤務医時代より収入が相当減ったということ。

起業家は成功すると称えられるのに、開業医は成功してお金持ちになるとなんかイメージ悪いっていう感じか…

精神的なプレッシャー的とか事務処理が増大する中で、経営が厳しくなり、収入も下がり…となったら誰だって仕事を維持していくのは難しいよな…。


■医療と消費税
医療とお金の中で特にとりあげられていたのが医療と消費税の話。医療機関は消費税を「払い過ぎ」になっているという「損税問題」。

保険診療は非課税のため、診療を受けた患者は消費税を払わない。一方、医療機関は、診療を行うために購入する医療機器や医薬品の購入の際には消費税を払う。

もし、診療が課税されていたら、医療機関は、患者が払った消費税と診療に必要なものの購入に払った消費税との差し引き分だけ納めれば良く、実質的な負担はない。

しかし、患者からは受け取らず、医療機関は消費税を支払うので、医療機関が税金の分を負担する形になっている。これがバカにならない。私立医科大学1病院につき1年当たりで3億6千万円。

一応診療報酬の中にこれを補填する部分が設定されているらしいけど、中途半端な範囲や額になっていて、足りない上に、患者間で不公平な形での負担になっている。

患者間で不公平な負担になり、しかも、医療機関も負担が大きい形になっていてそのままになっている。その上消費税が上がるとさらに負担が増える。

消費税の話は、社会保障の財源という文脈で語られることが多いけど「医療の財源として考えられている消費税が、逆に、医療の持続性を危うくするという逆説的な事実は、ほとんど知られていない」(p230)。


■医療の位置づけ
税の観点から言うと、医療分野の扱いに一貫性がないという話。

  • 国税では医療はサービス業として法人税を課税
  • 地方税の中の都道府県税である事業税は、公共性が高いということで非課税


国と地方で位置づけにずれがあるということらしい。
しかも知らなかったので驚いたのが、日本の行政システムの中で医療の位置づけが明確にされていないということ。

厚生労働省の設置法第三条(任務)にはこう書いてある。

「1.厚生労働省は、国民生活の保障及び向上を図り、並びに経済の発展に寄与するため、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ることを任務とする。
 2.厚生労働省は、前項のほか、引揚援護、戦傷病者、戦没者遺族、未帰還者留守家族等の援護及び旧陸海軍の残務の整理を行うことを任務とする。

この中に、「医療」についての文言が出て来ない。「公衆衛生」とか「社会保障」とかが近いと言えば近いのかも知らんけど、明確に書かれていないとは…

ホームページで条文見てみたけど、本当にそう書いてある。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO097.html

ただ、第四条の(所掌事務)にはちゃんと医療に関する話が書いてある。

九  医療の普及及び向上に関すること。
十  医療の指導及び監督に関すること。
十一  医療機関の整備に関すること。
十二  医師及び歯科医師に関すること。

一方、医療は消費者庁の介入も受ける。これは、医療を社会保障とみるか、消費とみるかというテーマと関わっている。

社会保障としてではなく、消費、サービスの一環としてとらえると、「医療はサービスだから、患者は完成品をもらって当たり前、丁寧に扱われて当然だという権利意識が肥大化している人たち」(p123)が出てくる。
権利意識の肥大化は医療に限らんけど、医療はそもそも公共性が高い仕事なのでそこの認識にずれが出てくると、お金の面でも精神面でも辛くなるはず…


■年金と医療保険
話の中で、年金と医療保険の違いについての話が出てくる。年金も年金で世代間の格差が言われているけど、まだ積立金がある。

それぞれの支払い原資は次のようになっている

  • 年金→積立金を運用したお金+若い人からの掛け金
  • 医療→税金+保険料+患者の一部負担

年金の場合、額に違いがあるとは言え、上の世代が若い頃から払ってきた積立金があるのでそれが緩衝部分になる。しかし、医療の場合は今現在の若い世代の保険料がそのまま使われていて積立金がなく、緩衝部分がない。

このため、「世代間格差は許容し難い状況になっている」(p54)ということ。この議論の当否はもう少し調べる必要がありそうな感じやけど、もしある程度当てはまるとすると、若い世代に入る身としてはやるせないなー。

世代間格差の話は年金の方が主なイメージやったけど、医療保険の方も関心を持っていかな。


国家財政の大きな部分を占める社会保障費に関わる医療。この部分の実態について知っておくことは大事やと思う。そういう意味で、教科書的ではなく、また、メディアで言われているような内容とも違った視点を提供してくれるという意味で貴重な一冊やと思った。

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