2012年12月12日水曜日

「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」という問いかけに納得できる一冊

アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】

タイトルからは仕事術的な話に見えていたけど、中身はもっと広範に物事の見方や考え方について考えさせられる内容。

人間の限界を踏まえつつ、それを乗り越えるためのチェックリストのパワーについて、いろんな角度からの話があってかなり面白かった。

著者の方はハーバード大学の准教授でもある外科医の方。外科手術におけるチェックリスト等の医療関係の話が多かったけど、さまざまな実例があげられていた。例えば、飛行機操縦、建設、料理等々…

著者自身の外科手術における経験や失敗談も素直に書かれていてそれだけでも参考になったし、さらに、著者がパイロット、高層ビルの建設のエンジニア、人気料理店のシェフ、投資家等いろんな人に実際に会いに行って聞いてきた話からの考察もあって面白かった。


■知識の量と複雑性が増していく中でどうしたら良いのか?
チェックリストって聞くと、そんな単純な話?っていう感じがしていたけど、単純なだけにその力が見過ごされがちやったっていうことがよく分かった。

背景として、失敗の原因に関する「無知」と「無能」の話が参考になった。人類の歴史の中でこれまでほとんどは「無知」が一番の問題だった。

病気を例にとってみると、原因や治療法はほとんど分かっていなかったけど、近年調査や研究が進み、いろんな知識や治療法が広まってきた。すなわち、「無知」による問題は減ってきた。

しかし、知識が増えれば増えるほど、それを適切に扱うことが大変になる。1つ1つの病気に様々な治療法があり、それぞれ注意点やリスクがある。

WHOの国際疾病分類には1万3千種類以上の病気や怪我が載っていて、6千の薬と4千の手技があり、それぞれに使用条件、リスク、注意点がついてくる。

15年前にイスラエルの科学者たちが出した論文で、ICUを24時間観察して得たデータをみると、患者一人あたり1日平均178もの手順がある。これを1つずつ正しくこなしていかなければならない。

膨大な情報量の中から適切な判断を完璧にこなすのは難しく、結果、ミスが発生してしまう。つまり、「無知」よりは「無能」が問題になってくる。

「正しい治療法を知っていても、手順を一つも誤らずにそれを行うのは非常に困難なのだ」(p19)

そして、これは医療の世界の話だけに限らなくなっている。著者は状況を次のように説明して問いかけをしている。

「知識の量と複雑性は、一個人が安全かつ確実に活用できる範囲を超えてしまったのだ。知識は私たちを助ける一方で、同時に重荷にもなっている。これが私たちが現在置かれている状況だ。
 ということは、これらの失敗を防ぐには別のやり方が必要なのだ。私たちの経験と知識を有効活用しつつ、人間の限界を補ってくれるようなやり方が。だが、そんなものが本当にあるのだろうか」(p22)

じゃあどうすれば良いのかというと、その答えが…

「実はある。笑ってしまうほど単純なものだ。長い時間をかけて高度な技術と知識を身につけた人たちからすれば、馬鹿馬鹿しく思えるかもしれない。そう、チェックリストだ」(p22)

ということ。


■チェックリストの力とそれを発揮させるための積み重ね
著者自身も「馬鹿馬鹿しく思えるかもしれない」と述べているように、「チェックリストを使いましょう」とだけ聞くと、エー、そんなんで問題が解決するのかという疑問が起こるかもしれない。

こうした疑問に対して、著者は豊富な実例を挙げて、いかにチェックリストの導入が成果につながるかということを示している。

例えば、ジョンズ・ホプキンス医院のピーター・プロボノストという集中治療の専門家の話。関係者から疑問視される中、病院にチェックリストを導入。

カテーテル挿入から10日間の感染率が11%から0%に下がり、その後15カ月間にもわずか2件しかカテーテルの感染は起きず、43人の感染と8人の死を防ぎ、200万ドルの経費を節約できた計算になったということ。

その後、ミシガン州全体にも展開し、18カ月で1.75億ドルの医療費節約、550人以上の命を救い、数年たってもミシガン州のカテーテル感染率は低いままということ。

著者もWHOのプロジェクトでチェックリストを世界各国で展開。結果として、合併症の発生率が全体で36%、死亡率は47%低下。感染症は半分に、再手術の確率は4分の3になったということ。

これだけ聞くとふーんって感じやけど、本の内容でもっと詳しい話を追っていくと経緯がよく分かる。

チェックリストを作って入れてハイ成果が出ましたーみたいな話ではなく、チェックリストの長さや表現はどうするか、どういう項目を入れるか、関係者にどうやって理解を得るか、チェックリストを使ったことを確認するためにどう工夫するか等、細かな工夫を重ねて地道な積み重ねの結果、成果につながっている。


■コミュニケーションもチェックリストに入れる
チェックリストの中身に関する話で印象に残ったのが以下の話。

「作業とコミュニケーションの両方をチェックすることで複雑性に対応していく」(p117)

例えば、「チーム・ブリーフィング」という項目をチェックリストに入れておき、スタッフが手術前に自己紹介したり、重要事項をチーム全体で確認、共有したりする。これは建築業界の手法を参考にしたらしい。

これは、心理学の研究では名前をお互い知っているグループの方がチームワークが良いと示されていることも踏まえている。

このことに関連して、著者は次のように述べている。

「「なぜチェックリストがこれほど効果的なのかが不明だ」と言う外科医たちもいた。彼らの批判はもっともだった。抗生物質は正しく授与されるようになり、パルスオキシメーターも正しく使われるようになり、手術開始前にチーム全体で確認するようになったのは事実だ。だが、それらに全く関係のない、出血などの合併症まで少なくなったのはなぜだろうか。コミュニケーションが向上したから、というのが私たちの推測だ。手術後にスタッフに取ったアンケートでは、チェックリスト導入後にコミュニケーションの点数が激増した。また、チームワークの評価と合併症率には逆相関関係が見られた。チームワークの点数の上がり幅が大きいほど、合併症率が大きく下がっていた」(p178)

チェックリストは作業の抜け漏れを防ぐだけでなく、コミュニケーションの改善にもつながっているっていうのは思ってもみなかったけど確かにある気がする。


■M&M'sの茶色のチョコレートのチェックリスト
チェックリストに関するエピソードの中で、ヴァン・ヘイレンのボーカルのデイビッド・リー・ロスの話が面白かった。

契約書に楽屋にM&M'sのチョコを用意しておくこと、ただし、茶色のものはすべて取り除いておくことという条項を入れておくらしい。

これは、理不尽なわがままではなく、これができていないような時に、全体の状況を調べ直すと必ず問題が起きていることが分かったらしい。

「ある日のラジオで、ロックミュージシャンのデイビッド・リー・ロスの逸話を聞いた。ヴァン・へイレンのボーカルを務める彼は、コンサートの契約書に「楽屋にボウル一杯のM&M'sチョコレートを用意すること。ただし、茶色のM&M'sはすべて取り除いておくこと。もし違反があった場合はコンサートを中止し、バンドには報酬を満額支払うこと」という事項を必ず含めるそうだ。実際、ロスが茶色のM&M'sを見つけてコロラド州でのイベントを中止したこともある。一見、有名人にありがちな理不尽なわがままに聞こえるが、詳しく聞いてみると見事な方策だということがわかった。
 ロスは自伝の『クレイジー・フロム・ザ・ヒート』でこう語る。「ヴァン・へイレンは、地方の巡業に巨大セットを持ち込んだ初めてのバンドだった。それまでは多くても三台と言われていた中、機材を満載した大型トラック九台で各地を回った。梁が重量を支えきれなかったり、床が沈んでしまったり、ドアが小さすぎて機材を搬入できなかったりといったトラブルも多かった。スタッフや機材の人数が多いので、契約書は電話帳並みに分厚かった」その契約書に試金石としてM&M'Sの項目を入れておく。「そして、もし楽屋で茶色いM&M,Sを見つけたら、全てを点検しなおすんだ。すると必ず問題が見つかる」それが命に関わることだってある。コロラド州のイベントでは、興行主が重量制限を確認しておらず、セットは会場の床を突き破って落ちてしまうところだった。「デイビッド・リー・ロスもチェックリストを使っていた!」私は思わずラジオに向かって叫んでしまった」(p93-94)


たかがチェックリストと思っていたけど、この本を読んで認識を改めなおした。されどチェックリストというか、その力はすごい。読み終わって、「アナタはなぜチェックリストを使わないのか?」っていうタイトルを見なおして、確かにと思える一冊やった。

0 件のコメント:

コメントを投稿