2012年12月7日金曜日

琴となり下駄となるのも桐の運と詠んだ「脱藩大名の戊辰戦争」

脱藩大名の戊辰戦争―上総請西藩主・林忠崇の生涯 (中公新書)

幕末維新期に脱藩した人の話は、坂本龍馬などの有名な話をはじめとしていろいろあるけれども、脱藩した大名もいた。本書は、「脱藩大名」とも言われる林忠崇の生涯についての本。

脱藩大名の話は、「幕末維新に学ぶ現在」のシリーズで軽く読んでいて、そこで初めて知ったんやけど興味をもって本書を読んでみた。


■譜代大名が脱藩!
林忠崇は上総請西藩の大名だった。石高は一万石と大きくは無かったものの、れっきとした譜代藩の大名だった。家を継いだ時はまだ数え20歳での青年大名だったけど、文武に優れていて将来は閣老たる器と称されていたらしい。なのに、なぜ脱藩したかというと、徳川家の存続を果たすというのが目的。

じゃあ、他藩の領主のように大名のまま戦えばという考えもあるけど、その理由を本人は最晩年に次のように語っていたらしい。

「脱藩しないと、慶喜公と申し合わせてやつたやうになる。脱藩すれば、浮浪人だから、誰に命令されやうもない」(p47)

忠崇が脱藩したのは大政奉還の後。徳川慶喜が朝廷に対して恭順を誓っていたのでそこに迷惑をかけないようにという意図だったらしい。

脱藩する時はこそこそと脱藩するのではなく、
「家老以下おもだった家来たちと連れ立ち、領民たちに見送られて陣屋を立ち去る、という威風堂々たるものだった」(pⅲ)
とのこと。


■紆余曲折の時代
元々は静岡一体で蹶起しようという意図もあったみたいやけど、後で奥羽越列藩同盟に加わる。その後の人生が結構紆余曲折

本書の著者は、奥羽列藩同盟に上総請西藩の林忠崇も加わっていたことから、「奥羽越列藩同盟」ではなく、「奥羽越総列藩同盟」と用語を改称する余地があるのではないかとも述べている。

脱藩後は、結構いろんなところを動いていて、会津藩を加勢しようとしたり、輪王寺宮の守護を希望したり、それを断られて福島行きを計画したり、榎本艦隊に加わろうとしたり、庄内藩と共闘しようとしたりといろいろ揺れ動く。

当時まだ20歳くらいで若かったということもあるやろうけど、本人はこの頃のことを振り返って次のようにも述べている。
「世間知らずのお坊ちやんだつた」(p121)

最終的には、徳川家が存続されることも分かり、降伏。この時、命が惜しいから降伏するのだろうという批判もあったが、忠崇はそうではないと述べている。

「もう、戦はきまつた。きまつた以上、戦ふ必要はない。この上戦つたら、戦のための戦、私のための戦になると思つたから、降伏にきめたのだ。断罪でもなんでも受けるつもりで」(p130)

脱藩した時点では徳川家が存続されるかどうか分かっていなかったが、そもそも脱藩した目的である徳川家の存続が分かった以上は、これ以上の戦いは良くないという判断。

謹慎した後、旧領地へ帰り、自活を試みる。野良着を着て一介の農民として生活した後、東京府の下級官吏として学務課に勤務。ところが、上司と「意見を異にし」(p148)、辞職。その後商売を始めようとし、商店に就職するも、主人が亡くなり、大阪府に勤務。一貫して経済的には苦しい生活だったらしい。

そして、明治に入って新しい時代が始まった後、重臣の子どもが家格再興運動をしてくれる。いろんなところに金銭的援助を断られつつようやく華族として認められ、最終的には華族として家格も再興される。その後、日光東照宮に勤務したりといった経歴を経て、剣道で体を鍛えたりしながら最晩年まで矍鑠としていたらしい。


■琴となり下駄となるのも桐の運
91歳の時に、私立神奈川学園の講堂で生徒たちを相手に講演したときの話が残っている。新聞記者が来ていて、当時のことを振り返っての感想を聞かれ、俳句で答える。

その時の俳句が、
「琴となり下駄となるのも桐の運」(p202)
というもの。

これは味がある句やなー。昭和初期の時代も生きて、昭和16年に94歳で亡くなったとのこと。

本書の著者は、あとがきで、この本を書いた動機について、林忠崇が最後の大名だと主張したいがために本書を執筆したのではなく、「忠崇が「徳川家再興のために蹶起したただひとりの脱藩大名」だったからこそ、だれかがその思考法と行動を書き留めておくべきだ」(p208)と思い、執筆したと述べている。

著者は、結局大きな幕末維新の流れの中では「蟷螂の斧」に過ぎなかったかもしれないが、徳川家を守り抜くための論理には説得力があったと述べている。また、関連する部隊のモラルは高く、略奪、強姦、リンチといった戦争犯罪とは無縁であったことにはもっと注目してよいのではないかとも述べている。

単なる論理だけではなく、行動を伴って幕末維新の激動期を生き抜いた一人の人の物語としても読めるので、結構万感迫るものがある。映画やドラマになっても面白そうやなーと思った一冊やった。

0 件のコメント:

コメントを投稿