2012年12月14日金曜日

「転落の歴史に何を見るか」に見る本質を見続けることの重要性

増補 転落の歴史に何を見るか (ちくま文庫)

明治維新の成果が結実した日露戦争の勝利から30数年で、なぜ第二次世界大戦での敗北という形で劇的に転落していったのかという問題意識を突きつめた本。

書いたのは通産省に勤めていた元官僚の方で、この本を書いたのも官僚時代。現在は議員になっていて、先日の選挙でも当選したみたい。

■帝国陸海軍の転落の歴史から学べることがあるのではないか
著者は、この本を書いた問題意識について次のように述べている。

「この本は、戦前の帝国陸海軍の転落の歴史から、同じ官僚組織にいる現在の行政マンが何を学ぶべきかという問題意識から出発した」(p15)

内容は元が雑誌の内容なので若干同じことの繰り返しになっている部分もあるけど、その分主張がよく分かる。

問題意識を突きつめていくと、結局組織としての学びを越えて日本社会という大きな枠組みへの視点へとつながっていったとのこと。そして、それは現在の状況にも通じるところがあり、学べるところが多いのではないかという話。

明治維新から30年数年後に隆盛の時代を迎え、その後転落したことと、第二次世界大戦後30数年経った80年代頃に経済成長を達成したあと「失われた10年」を迎えて転落していったことに鑑みると、今また、転落の瀬戸際に立っているのではないかという視点。


■転落の原因
上記の問題意識を元に、転落の原因を整理していっているけど、主に以下の4つが挙げられている。

  • ジェネラリストの指導者を育成してこなかった、
  • 組織に十分な自己改革力がなかった
  • 道徳律を失った
  • 深く洞察した正確な戦史を残してこなかった

(p8)

このあたりは、「坂の上の雲」の見方に近い感じ。明治では素晴らしかった指導者層が劣化していったという見方。

明治期の指導者層は武士の系譜を受け継いでいて武士道という道徳律を持ったジェネラリストであったということ。武士は単に軍事だけを行っていたのではなく行政全般を扱うジェネラリストであったという話。

「封建社会における武士は、単なる武人ではなかった。その本質は、政治、経済、社会、教育、科学といったさまざまな面において責任を有するジェネラリストの統治者、つまり政治家であった。現代風に言えば、外交も、財政も、公共事業も、福祉も、農地開発も、産業振興も、技術開発も、すべて武士の所管であった」(p44)

また、中国の歴史を深く学び、歴史観や大局観を身につけていたとのこと。

「子供のころから、スケール大きな中国の治乱興亡の歴史を何度も復唱するなかで、指導者はどうあらねばならないかという自己課題を反袈していただろうことは想像に難くない」(p45)

これが、明治以降段々とスペシャリスト化することによって、技術レベル等は上がっていったものの、大局的な視点が失われ、部分最適になっていき、最終的には転落につながったという見方。

「明治の元勲亡き後、日本はジェネラリストの強力な指導者を失い、それを埋め合わせる存在を、軍人としても政治家としても育ててこなかった」(p64)


■なぜ戦略転換ができなかったのか
また、4つのポイントの中で自己改革能力が無かったという点に関しては、合理性より情に流されてしまうという点が挙げられている。

「日本の組織は自己改革能力を十分に発揮できなかったということです。どうも日本人の組織には、合理性よりも組織内の人間関係や仲間意識を優先させる心理が強力に働くようです。そのため、異分子が排除され創造性が軽視され、同質集団となって思考停止状態に陥り、経験から学ぶ学習能力も欠如した」(p220)

特に挙げられているのが、大鑑巨砲主義から空母を主体とする機動部隊による海戦への転換ができなかったこと。真珠湾攻撃で画期的な戦法を採ったにも関わらず、日本はその後も大鑑巨砲主義にとらわれ続けた。

これに関連して、「失敗の本質」の著者の一人でもある野中郁次郎教授が元航空参謀で真珠湾攻撃に参加し、戦後は参議院議員を務めた源田実氏さんと対談したときの話が印象的。

なぜ、日本は戦略転換ができなかったのかという疑問をぶつけると、源田さんは次のように答えたという。

「長年苦労をさせてきた水兵たちに対して、「もう君らの時は終わった、これからは飛行機乗りの時代だ」とは言えなかった」(p28)

これに対して著者は、優秀な人間が集まっていたにも関わらず、人情に流され、波風が立つのを嫌がって合理的な意志決定ができなかったと述べている。

また、野中教授を通商産業省に招いて話をしてもらった際に、伝えるべき教訓としてはたった一言であった。

「何が物事の本質か。これを議論し突き詰める組織風土を維持しつづけることだ、それに尽きる」(p30)

あれだけ旧帝国陸海軍の組織について研究された方からの教訓がこの一言だったことに著者は驚いたということ。これを受けて、著者は次のように捉えたということ。

「日本の組織は、創設当初は独創力もあり人事も柔軟で、優れた対応能力を示すが、二〇年、三〇年と時間が経つにつれて意思決定がゆがんでくる。とかく、人間関係や過去の経緯など本質的でないことを寄りどころとして、重大な判断が行われるようになりがちだ。だから、つねに、何が物事の本質かを追求するように個々人が心がけると同時に、組織のシステム、風土もつねにそこに意を集中しなさい、ということであった。この認識さえできていれば、あとは応用動作だという趣旨であったに違いない」(p30-31)


「坂の上の雲」もそうやったけど、明治は良かった式の話で終わってしまうとあんまり生産的ではないような気もするので、そのへんは何とも言い難いなーと思ってたけど、巻末の秦郁彦さんや寺島実郎さんの話でヒントがいくつかあった。

例えば、スペシャリストの中からジェネラリストの素養を持った人材を育てていくとか、属する組織に軸足を置きつつ別の軸も持つようにするとか。転落の歴史における失敗要因やそこから学べる本質の重要性は頭に留めつつ、今後どうしていったら良いかを考えていきたいなーと感じた一冊やった。


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