2013年2月17日日曜日

「日本人になった祖先たち」について考えるとこれまでと違った世界観が見えてくる

日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造

人類の起源はアフリカやと言われているけど、そのアフリカから遠路はるばるどうやって日本まで人がたどりついてきたのか。日本人の起源はどこにあるのか。これを分子生物学の研究成果から解説している。

具体的には、最近飛躍的に向上しているDNAによる鑑定方法の解説を踏まえた上で、アフリカからどのように人類が拡散していったかを読み解いていったもの。

特に、母系由来のミトコンドリアDNAについて世界各地で採集された結果のデータベースを利用して解析したものがベース。

著者の書き方はあまり断定的なことは書かずに抑制的な感じで研究成果を淡々と紹介している。専門的な話は少し難しいところもあるけど、できるだけ事実ベースで話を進めようとしている。

ここまでは分かっていてこう考えられているけど、ここからは分かっていないといった感じで誠実な書き方やと思う。

以下、いくつか面白かった話について。

■アルコール分解遺伝子
まず面白かったのがアルコール分解遺伝子の話。自分はお酒にめっぽう弱いのでこの話が気になった。

アルコールは体内に入った後、一旦アセトアルデヒドという物質に分解され、その後に酢酸と水に分解される。このアセトアルデヒドは毒性が強いので、肝臓で分解されないままに血液中に流れ出すと頭痛、二日酔いや悪酔いを引き起こす。

このアセトアルデヒドの分解過程には2つの経路があり、ALDH1とALDH2と呼ばれている。このうち、お酒の強さに関するのがALDH2で、これが正常に働くかどうかでお酒を飲んでも平然としていられるか、すぐに真っ赤になる下戸になるかが変わってくる。

そして、遺伝子の観点から言うと、ALDH2の持ち方は以下の3パターンに分かれるという。

  • 正常なセットを持っている人
  • 正常なものを1つだけ持っている人
  • まったく持たない人

実は、ヨーロッパやアフリカの人はほとんどが正常型のセットを持っているらしい。正常でない変異型を持っているのは、中国南部を中心とした極東アジア地域に多いとのこと。

日本国内でみると、1のパターンが56%、2のパターンが38%、3のパターンが4%存在すると言われているけど、分布は地域的に偏っている。正常なセットを持っている人は、東北と南九州、四国の太平洋側に多いらしい。

この話は、日本人の成立に関するある説とも関連している。在来の縄文人が住む日本列島に、水田稲作と共に渡来系弥生人がやってきて、両者の混血によって現代に続く日本人が形成されたという説(二重構造論)。

この説では、北海道、東北、九州南部、沖縄には縄文人の系統が残っていると考えられているとのこと。渡来系の弥生人が変異型の遺伝子を持っていたと考えると、上記の遺伝子の分布と重なる。水田稲作と変異型遺伝子の故郷が重なることになるので興味深いという話がされている。

もちろん、まだ断定的なことは言えないので著者も今後の研究の成果を待ちたいと述べているけど、確かになかなか面白いなーと思った。


■日本人は実は多様な遺伝的集団からなっている
人類の遺伝的な系統を追っていくために、DNAの解析結果を元に、グループに分類して系統樹が作成されているらしい。この話を元に開設が進んでいく。

日本の話は中盤以降からで、早く読みたい気もしていたけど、その前のアフリカからヨーロッパやアジアへをみていくのが先に来ていた。スケールの壮大さが分かってこの順番はこの順番で良かった気がする。

まず全体観からいくと、一番大きなグループは4つに分かれているけど、そのうち3つまでがアフリカ系らしい。ヨーロッパやアジアの系統は残りの1つに一緒に入っているということ。著者も言っているけど、アフリカっていうと、形質的にも似たような系統の人がいるイメージを持っていたけど、遺伝的にはかなり多様性があるとのこと。

形質的にも良く見ていけば、身長も140センチを切るような集団から180センチを超えるような集団もあり、多様性がある。このあたりはイメージだけでとらえたらいかんなーと改めて思った。

後半の方で日本人の話が詳しく解説されている。DNAのサブグループで言うと、15種類以上の集団がある。日本人っていうと単一の系統の集団みたいなイメージがあるけど、実は遺伝子グループとしては結構多様。ヨーロッパ人の系統も混ざっている。

「日本では歴史時代に外国からの侵略や大量の移民などがなく、私たちは長い間、同族集団として暮らしてきたような感覚を持っています。しかし実際には過去に集団のDNA構成を大きく変えるようなヒトの流入も経験していますし、長い歴史のなかでわずかではありますが、外国からヒトが流入し続けています。彼らが持ち込んだDNAは時間をかけて私たちの集団のなかに広がり、集団のDNA構成はそれによっても変化し続けています。
 そもそもヒトの地域集団というのは、日本のように四方を海で囲まれている地域でも固定されたものではなく、歴史のなかで入れ替わり、変化し続けているものだという認識は大切です」(p129-130)

言われてみれば当たり前なんやけど、なかなかこの認識は忘れがちやと思う。心に留めておきたい。


■国家の歴史という枠組みを超えた世界観
この本で扱われているDNAの分化とかの話は数万年とか数千年前とかいう単位の話。このスパンで見ると、国という枠組みとはまた違ったものが見えてくる。

本のテーマである日本人はどこから来たかっていう話ではあるけど、そもそもDNAが分化していったのは日本という国ができる前の話。これについて著者は次のように述べている。

「日本人の起源を考えるときには、私たちは無意識のうちに現在の日本の国土を意識します。朝鮮半島など周辺の地域は最初から別の歴史があると考えてしまいますが、この問題はそもそも国境もない時代のヒトの異動を考えているのですから、そのような偏見を取り去って考える必要があります」(p179)

国という枠組みを超えて、もっと大きな範囲での集団の成立について考えていくことが必要かもしれないとも述べている。また、次の観点も面白い。

「一般に歴史は、有名な個人や一族、あるいは王権や政権に起きたできごとを中心に語られるものですが、DNAが明らかにする歴史は、基本的には特定の人たちの話は出てきません。DNAの物語る歴史は、個人が持つDNAに刻まれた人類の歩みを手がかりに話が組み立てられていますから、必然的に私たち人類すべてが歩んできた道、日本人すべての成り立ちの物語となるのです」(p203)

こうした見方をしていくと、集団同士でいがみ合わなくても良いのではというアイデアも提示されている。
「私たちはしばしば国の成立と、集団としての日本人の成立を同じものと見なすことがありますが、このように見ていけば、両者は分けて考えるべきものであることがわかります。言うまでもないことですが、日本という国ができる以前に、日本列島には人々が住んでいました。人がいて国ができたということは、国というものの有り様を考えるときに、大切な認識だと思います。そしてわたしたちの直接の祖先である人々と、親戚にあたる人たちの子孫が日本の周辺には住んでいます。とかく国同士の関係は、近いところほど複雑になるのですが、そこに住んでいる人たちのルーツを中心に考えれば、本質的にはいがみ合う必然性がないことがわかります」(p205)

このあたりは理想論的なところはあるは思うけど、こういう考え方は1つの手がかりになるかもなーとも思った。単にDNAの話だけでなくて世界観の話にもつながる深い一冊やった。

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