2013年2月15日金曜日

「うつ病の常識はほんとうか」&自殺の常識はほんとうか


うつ病の常識はほんとうか

うつ病の定説について検証した本。タイトルはうつ病やけど、うつ病と自殺の話。

著者の書きぶりからすると、どちらかというと自殺者数の増加に関する定説(増えている)という事に対する反証に一番力が入っているように見える。

著者がこの本を書いたのも「日本の自殺の問題に対して、偏った情報しか世の中に伝えられていないのではないか」(p192)という疑問が一番のきっかけだったという。

「はじめに」のところから以下のような感じでエッと思うような話から始まる。

例えば、「現在の自殺率は日本経済が輝いていた70年台、80年台と比べてほとんど変わりないし、長期的には減少傾向ですらある」(p3)

著者は、いきなりこの話を言っても理解してもらえないくらいほとんどの人がこれと反対のことを信じているが、本書を読めば嘘ではないことが理解できると思うと述べている。


■定説は本当?
著者は、うつ病や自殺に関する定説について検証を行っている。
定説として挙げられているのは、例えば以下のようなもの。
  • 日本でバブル崩壊後に経済社会の低迷により自殺者が増えている
  • 真面目な人ほどうつ病になりやすい
  • 抗うつ薬は標準最大量投与しないと効果が十分に出ない
特にメディアではこうした定説がデータや事実による検証もなしにあたかも真実のように伝えられていることが多い。

著者が本書で言っている話は、上記の定説が完全に間違っていると言っているわけではないけど、事実やデータをもとに検証して見ていけば異なるものが見えてくるというようなことを言っている。


■自殺者は増えている?
特に、自殺者の増加についての検証の話が印象に残った。うつ病の話と自殺の話がどう結びつくかっていうのはそれはそれでまた検証が必要そうやけど、とりあえず本書で扱われているのは本当に自殺者は増加しているのか?という問い。

答えからいうと、自殺者が増えた一番大きな要因は、日本の総人口が増えたことであるというのが著者の主張。

言われてみれば当たり前やけど、人口が増えてそのまま自殺率が低下しなければ比例的に総数は増える。統計の見方の基本やけど、そのへんの基本的な確認すらせずに鵜呑みにするとなんとなく増えてるんだー大変な世の中やなーと思ってしまう…

総人口増加ともう1つ別の要因が人口構造の変化。若い人、特に子どもよりは中高年の方が自殺率が高い。少子高齢化が進めば当然これまた総数は増える方向にいく。

性別や年令を考慮した上で標準化した自殺率は数十年のスパンで見ても特段上がっているわけではない。

これは癌も同じで、癌で死亡する人は年々増えている。現在約30万人の方が癌で亡くなっているけど30年前は約15万人で30年間で約2倍になっている。

これだけ聞くと、大気汚染等の環境悪化とかいろいろ要因を考えてしまうかもやけど、標準化するとむしろ30年間で約20%低下している。

癌のリスクが増えたのではなく、癌のリスクが高い高齢者が増えたのが大きな要因であるという話。

このあたりは専門書でもちゃんと標準化したデータをもとに議論されることは少ないらしい。このへんは前に読んだ「事実に基づいた経営」の話とも通じると思う。

つくづくイメージだけでとらえるのは気をつけんとなーと思った。


■自殺の過剰報道
しかし、自殺の過剰報道はさらなる自殺を誘発するという話はホントこれから注意していかんとと思う。

具体例として紹介されているのは1933年に伊豆大島の三原山火口へ投身自殺を行ったという事例。当時、報道が加熱し、それをみて影響を受けた数百名が三原山火口で身を投げたということ。

この例だけでなく、統計的にも自殺報道やマクロな統計数字を連呼すると自殺を誘発することが示されているらしい。

WHOでも指針が作られていて、その1つが以下。

「「自殺の流行」もしくは「世界で最も自殺率の高い場所」といった表現は避けるべきである」(p17)

特に子どもや落ち込んでいる人にはあまりこういう情報に触れさせないようにした方がいい気がする…

著者も次のように述べている。

「現在の日本の自殺者数が3万人を超えていることは事実である。しかしその説明にあたっては、科学的にかつ冷静に行わないといけない。日本社会がおかしくなったので、自殺者が増えているという安易な説明は、科学的におかしいし、自殺対策としても間違っている。そういった説明を真に受けて、世の中を悲観し、自殺を考える人もいるとしたら、有害ですらある」(p32-33)


■うつ病は真面目な人がなる?
日本では、うつ病は真面目とか几帳面で他者配慮性の高い人がなりやすいという説が広まっているけど、それについても検証している。

日本人は一般的に真面目、几帳面、他者への配慮が高いというイメージがあるので、それと上記の説がマッチしたので受けいられやすかったのではという主張。

実際にはその性格だけで一概に言えるわけでもないし、国民性の観点から比較して真面目な日本やドイツは、国際比較するとむしろ他国(特にアメリカやニュージーランド)の方が高いという話。

その例として、以下のような話をあげている。
「どんな性格の人がうつ病になりやすいかという質問は、どんな人が交通事故を起こしや
すいか、という質問に似ている。
 交通事故を起こしやすいのは次のような人々ではないだろうか。

 危険運転をする人
 運転が下手な人
 注意散漫な人
 高齢者で認知機能が落ちている人
 飲酒運転をする人
 過剰に慎重すぎる人

 おそらくこういった様々な人々が、交通事故を起こしやすいのではないかと思う。交通事故を起こす原因は多種多様で、特定の人々だけが交通事故を起こしやすいと説明するのは難しい。交通事故を起こす人々は、それぞれ異なる背景を持った人々の集合体であるからだ。
 同じように、うつ病患者の性格も様々である。特定の性格の人々だけがなるわけではない。もちろん対人不安や神経症傾向といった特定の因子が強ければ、多少はリスクが高くなるのかもしれない。しかし人間の性格は様々な因子の相互作用から成り立っており、それぞれの因子が独立したものではない。性格の様々な要素を総合的に見ることが必要だ。特にストレスを受けた時のその人の思考パターンや対処行動が大切である。」
(p111-112)


■うつ病について学ぶことは病気の知識を得るだけではない
「うつ病について学ぶことは、単に病気の知識を得るだけではなく、それ以上の価値を与えてくれる」(p8)と述べている。

確かに、本書はうつ病や自殺について学ぶだけでなく、定説に対する見方とか、辛いことがあった時のイメージの持ち方とかいろんな視点で気づきがあった。

上記の著者の言葉にこめられた想いが本書にもあらわれていると感じる一冊やった。


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