2012年11月14日水曜日

「日本はなぜ敗れたのか」ではなく「日本はなぜ敗れるのか」というタイトルにこめられた現在にまで続く問題意識



日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)

小松真一という方の「虜人日記」という手記をベースに、小松さんの言葉を引きながら、著者自身の体験も踏まえつつ、日本の敗因について語った本。

単に戦争に負けた原因だけでなく、その原因となった要素は戦後も変わらず続いているのではないかという問題意識から書かれている。


読んでみて思ったけど、戦争をテーマにしていながら「日本はなぜ敗れたのか」という過去形ではなく、「日本はなぜ敗れるのか」という現在形になっているのは、そのあたりの想いが強くこめられているからかもしれない。



■虜人日記
ベースにされている「虜人日記」を書いた小松さんは、軍人ではない。陸軍の嘱託として徴用され、ガソリンの代用品を製造するための技術者として昭和19年1月にフィリピンに派遣される。

そのまま戦後を迎えるけど、この手記は没収されないように骨壷に隠して持ち帰る。戦後はずっと銀行の金庫に眠らせたままで、生前は戦争体験も家族に話すことはあまりしなかったとのこと。

著者の山本さんは、この手記が、見せるために書かれたものではなく、また、戦後時間が経ってからではなく、ほとんど同時代に書かれたことから、他の手記とは違って史料の価値が高いとしている。


■敗因21カ条
その「虜人日記」で述べられている敗因とは以下の21カ条。

一、精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた
二、物量、物資、資源、総て米国に比べ問題にならなかった
三、日本の不合理性、米国の合理性
四、将兵の素質低下(精兵は満州、支那事変と緒戦で大部分は死んでしまった)
五、精神的に弱かった (一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)
六、日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する
七、基礎科学の研究をしなかった事
八、電波兵器の劣等(物理学貧弱)
九、克己心の欠如
一〇、反省力なき事
一一、個人としての修養をしていない事
一二、陸海軍の不協力
一三、一人よがりで同情心が無い事
一四、兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた事
一五、バアーシー海峡の損害と、戦意喪失
一六、思想的に徹底したものがなかった事
一七、国民が戦いに厭きていた
一八、日本文化の確立なき為
一九、日本は人命を粗末にし、米国は大切にした
二〇、日本文化に普遍性なき為
二一、指導者に生物学的常識がなかった事
(p55-56)

ざっと読むとふーんっていう感じやけど、著者の解説を交えながら読み進めていくとよく分かる。そして、今も通じるなーっていう話がたくさんある。


■術と芸の世界
その中で特に印象に残ったのが、術と芸の話。この話のところで、著者はまず取引先の印刷所の例を挙げている。

「私の取引先のT印刷所は、機械二台、家族だけの零細企業である。その印刷機の一つは、今ではおそらく博物館にしかないと思われる、俗にチャンドラという印刷機で、Tさんはそれをもう半世紀も使っている。いわば印刷機の三八式歩兵銃である。だがこのT印刷所の"技術"は、高性能総自動化最新式印刷機で刷った印刷物よりはるかに立派であり、T印刷所ファンの出版社は多い。日本で知らぬ人のない高名な大出版社の代表的出版物で、そのカバーとか箱とかの実に鮮明な美術印刷が、実は、この三八式歩兵銃=チャンドラの製品であるものも決して少なくない。
 これは実にすぼらしい〝技術"であり、従って、どんな不況が来ても、どんな大資本・総機械化・最新式印刷工場と受注を争っても、ある印刷部門に関する限り、Tさんは負けない。いわば絶対的な強みをもっているのである。
 しかしTさんがもっているのは、正確にいえば個人のもつ"芸"であっても、客体化できる"技術"ではない。いわばTさんの技術は、"武芸"と同じような"印刷芸"であって、正確には、氏から離れて、それだけを系統的に多くの人が同時に学びうる、体系的技術ではない。またこの"芸"は、チャンドラでだけ生かされるもので、氏がチャンドラですばらしい印刷をするから、高性能総自動化最新式印刷機ならもっとすばらしい印刷ができるかといえば、そうではないのである」
(p180)

著者はこれと同じようなことが日本軍にも起こっていたと述べている。一定の制約条件や想定条件のもとで、術や芸を争うのが中心になっており、条件が変わった時に対応できていなかったとのこと。

どう問題になるかというと、ルールが変わった時に対応できない。環境や技術の変化によって前提条件が変わっている時に、古色蒼然とした芸や術ではしのげなくなってしまう。

また、上のチャンドラの例でも述べられているけど、芸は一子相伝の世界なので、交代要員がなかなか育てにくい。

具体的な例としては、射撃の例があげられている。誤差修正の計算はさまざまな要素を考慮する必要があり、うまい人は名人や神様と呼ばれた。

しかし、その「芸」をみんな身につけられるかというとそれは難しい。さらに、戦場になった場所はジャングルも多く、そういった場所ではそもそも視界がゼロで、前提となっている情報も得られない。

著者は次のように述べている。

「前提が一変すれば、百点満点が八十点になるという形にならず、零点になってしまう」(p192)

そして、これは受験勉強をはじめとして、同じようなことが戦後も続いているのではないかと述べている。

「戦後も同じではなかったか。外国の青写真で再編成された組織と技術のもとで、日本の経済力は無敵であると本気で人びとは信じていたではないか。今でもそう信じている人があるらしく、公害で日本が滅びるという発想はあり得ても、公害すら発生し得なくなる経済的破綻で日本が敗滅しうると考えている人はいないようである」(p199)


■実数と員数
上と似たような話で、実数と員数の話があった。

「「員数」自体は、単に"物の一定の個数"の意だが、"軍からの支給品は絶対なくしたりしてはならぬ"という規律から、仮に何かが見つからない場合も、同じ日本軍の他班、他隊から盗んですら、"一定の個数には変動がない"ことにした。これを「員数合わせ」と言ったが、つまりは実体などどうでもよい"つじつま合わせ"である。」(p99)

このあたりが結局形式化してしまい、兵力や飛行場などのリソースについても、実態としては使える状態ではなくても数字だけで使える状態になっていたとのこと。うーん…


■異文化蔑視
もう1つ印象に残ったのが、以下の話。

「昭和十九年、私がマニラについた時以来、朝から晩まで聞かされていたのは、フィリピン人への悪口であった。「アジア人の自覚がない」「国家意識がない」「大義親を滅すなどという考えは彼らに皆無だ」「米英崇拝が骨の髄までしみこんでいる」「利己的」「無責任」「勤労意欲は皆無」「彼らはプライドだけ高い」等々―。だがだれ一人として、「彼らには彼らの生き方・考え方がある。そしてそれは、この国の風土と歴史に根ざした、それなりの合理性があるのだから、まずそれを知って、われわれの生き方との共通項を探ってみようではないか」とは言わなかった。従って、一切の対話はなく、いわば「文化的無条件降伏」を強いたわけである。
 それでいて、自己の文化を再把握し、言葉として客体化して、相手に伝えることはできなかった。考えてみれば、そうなるのが当然であって、従って、そこに出てくるものは、最初にのべたように彼らを「劣れる亜日本人」とみる蔑視の言葉だけなのである。そしてこの奇妙な態度は、戦後の日本にもそのままうけつがれた」(p148)

自分はインド人と仕事をする機会が多いけど、よく耳にする言葉で自分も以前よく言ってしまっていたのが「インド人だから…」という言葉。

例えば、プロジェクトで忙しい時やお客さんからクレームが入って対応してほしいことがある時に、インドの開発チームにいろいろ頼んだりするけど、彼らは彼らの都合があって帰ってしまったりする。

その時に、日本人的な考え方だと、プロジェクトが佳境なんだから残業しても手伝おうとかそういうふうに考えるのがある種当然みたいなところがあると思うけど、そのへんは向こうはアッサリしている時がある(もちろんケースバイケースで対応してくれる時もあるけど)。

そういう時に、「インドは…」とか「インド人は…」という言葉が出てくる。もちろん蔑視しているつもりは言ってる時にはなかったけど、著者が述べている以下の態度とはほど遠い…

「風土と歴史に根ざした、それなりの合理性があるのだから、まずそれを知って、われわれの生き方との共通項を探ってみようではないか」

最近は少しずつこういう考え方ができるようになってきたけど、やはり自分たちの考え方を絶対化しているとうまくいかないし、対話もできない。このあたりの考え方は異文化コミュニケーションにおいて、常に頭に置いておきたい。

しかし、この本の元となった文章の初出は1975-1976年で、今から30年以上前やけど、それでも今読んでも通じる文章やなーと思う。


■戦争という極限状態であらわれる人間の本性
あと、上の敗因の話とはちょっと違った角度の話になるけど、戦争という極限状態での中で観察した人間についてのものの見方について、小松さんが書かれた文章は刺さる。

「人間の社会では、平時は金と名誉と女のことを中心に総てが動いている。それらを得る為に人を押しのけて我先にとかぶり付いて行く。ただ、教養や色々の条件で体裁良くやるだけだ。それでも一家が破産したり主人公が死んだりすると、財産の分配等に忽ち本性を現し争いが起こる。
 戦争は、ことに負け戦となり食物がなくなると食物を中心にこの闘争が露骨にあらわれて、他人は餓死しても自分だけは生き延びようとし、人を殺してまでも、そして終いには死人の肉を、敵の肉、友軍の肉、次いで戦友を殺してまで食うようになる。
 平時にあっても金も名誉も女も不要な人は人望のある偉い人である。偽善者や利口者やニセ政治家はこのまねをするだけだ。世渡のじょうずな人はポロを出さずに、この二つを心得ている。戦時中に命も食物も不要な人は大勢の兵を本当に率いる事ができる人だ。こういう人を上官に仰いだ兵隊は幸いだった。負け戦で皆が飢えている時、部下に食物を分ち与える人、これは千人に一人いるかいないかだ。PWになってからも食物を中心に人心が動き勢力が張られた。
 どうにもならなくなった時、この一切れの芋を食わねば死ぬという時にその芋を人に与えられる人、これが本当に信頼のできる偉い人だと思った。普通の人では抜けられぬこの境地に達し得た人が人の上に立つ人だ。。この境地に少しでも近づきたいものだ。修養の目的はここにあるのではないか。戦国の武将の偉い人にはこの事を心得ていて実行した人が多かったようだが、現代の武将には皆無といってよい位だDこういう人には自然と部下ができ物質には不自由しないのが妙だ。だれかが「無一物中無尽蔵」といったが正に名言だと思う。この心境に至るには信仰以外に道はない気がする。人間とは弱いものだから。」
(p118-119)

これを読んで若干ブルーになったけど、こういうところも踏まえておかんといかんよなー…


上記で紹介したところ以外でも考えさせられる内容がたくさん詰まっていて、人生において読んでおいて良かったと思える一冊やろうなーと思った。

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