2012年11月10日土曜日

「働くひとのためのキャリア・デザイン」について考えよう、語ろうという気持ちが伝わってくる一冊

働くひとのためのキャリア・デザイン (PHP新書)


リーダーシップやモチベーション、キャリアなど、働く人に関するトピックの著作でよくみる神戸大学の教授の方がキャリアについて書いた本。

「キャリア」と言ってもハウツーものとは異なり、大学に勤務するという立場を活かして研究に基づく概念を紹介している。

学問的な話のところはカタカナ語とかが多くなって、若干教科書っぽくなるところもあるけど、いろいろなトピックについて著者の経験や著者が考えるところが書かれていて、エッセーっぽい感じ。



■キャリア・デザインとキャリア・ドリフト
本書、というか、著者の立場を表す上でキーとなるのが「キャリア・デザイン」と「キャリア・ドリフト」という2つの概念。

キャリアといった時に、目標を決めてそれに向かって何をすべきかを定め実行していくという形の考え方もあるが、一方、あまりカッチリとした道筋を決めずにその時々に出会ったものやつながりを活かして進んでいくという考え方もある。

前者がキャリア・デザイン、後者がキャリア・ドリフト。前に読んだ本では、山登りと川下りという比喩が紹介されていたけど、そのまんま対応するかも。

その中で、著者の立場は、

「せめて節目だと感じるときだけは、キャリアの問題を真剣に考えてデザインするようにしたい」(p22)

というものであり、

「節目さえしっかりデザインすれば、あとは流されるのも、可能性の幅をかえって広げてくれるので、OKだろう」(p23)

というもの。

それぞれ、キャリア・ドリフトのパワー、キャリア・デザインのパワーとして以下のように述べられている。

まずは、キャリア・ドリフトのパワーから。

「いいものに出会い、偶然を生かす(掘り出し物=serendipityを楽しむ)には、むしろすべてをデザインしきらないほうがいい。ドリフトしてもいいというより、節目以外はドリフトすべきだといってもいい。ひとは、自分で選ぶと、ある範囲内から、行動プランを選んでしまう。たとえば、金庫番のような経理の仕事はいやだと言っていたひとが、青天の霹靂で経理部門に他律的に異動させられた(キャリア・ドリフトした)結果、数字を扱うという自分の思わぬ才能とそれを発揮する満足を見つけることがある。キャリアの経路のなかには、そのような「よき偶然」や「思わぬ掘り出し物(セレンディピティ)」がいっぱいある。」
(p114)

次に、キャリア・デザインのパワーについて。

「しかし、たった一回限りの人生やキャリアの全体を、自然な流れにずっと任せっぱなしにはできないだろう。(詳細を計画とまでいかなくても)大きな方向づけや、夢や抱負が必要だろう。キャリアを選び取るときに、ひとがやっていることは、ある意味では、夢と現実との間のダイナミックな刷り合わせ(夢の現実吟味、reality-testing of dreams)である。だから、なにを言いたいか、どういう人生を歩みたいか、どのようなキャリアにしたいか、について大まかでもいいから、まずは方向感覚が絶対に不可欠だ。」(p116)

要するに、この2つは表裏一体であって、両方必要ということ。節目節目でのデザインを大事にしつつ、残りの部分ではドリフトの要素も大切にしていくというのが著者の発想。これは直感的にも分かりやすい。


■自己決定と相互依存
もう一つ興味深いポイントが、自己決定と相互依存の概念。

自分のキャリアは自分のものであるから、自分で決定していくしかない、しかし、自分のキャリアは自分一人だけで切り拓いてきたわけでない。

例えば、節目節目で家族や友人、恩師、先輩などからのアドバイスや援助があってキャリアが形成されている要素もある。そうすると、自分だけのものとは言い難い。

自分のキャリアが自分だけで決まっていないことを情けないとか息苦しいと思うか、いろんな人の出会いや支援によってなりたっていることを豊かだ、ありがたいと思うかによって考えが異なってくる。

著者は、この自己決定と相互依存の2つも表裏一体だとして整理している。

やはり、自分一人だけで自分のキャリアは成り立っているわけではないが、一方、最終的に自分のキャリアは自分自身のものであり、自分の決定に対して責任を持つ必要があるということ。


■小まとめ
このあたりをもう一度まとめると、表の命題と裏の命題として整理されている。

<デザインとドリフト>
①表の命題
キャリアをデザインするとは、節目へ移行期)をデザインすることである。節目のときでさえデザインするという発想をもしもたなかったら、一生ドリフトしたままになるかもしれない。

②裏の命題
節目さえしっかりデザインされていれば、それ以外のとき(移行期と移行期の間の安定期)はドリフトしてもいい。それどころか、キャリアを歩むうえでの発想や行動のレパートリーを豊かにするうえで、しばしばドリフトしたはうがいいことさえある。

<自己決定と相互依存>
①表の命題
キャリアを節目でデザインするときには、それを究極的におこなっているのは、周りの身近なひとや、組織やネットワーク(のなかの他者)ではなく、キャリアを歩む本人だ。自己決定なくして、キャリア・デザインはない。

②裏の命題
キャリアを節目でデザインするときには、周りの身近なひとや、組織やネットワーク(のなかの他者)から、多種多様な助言、機会、応援、後押しが、節目の選択に影響する。
(p150-151)


■キャリアを考えるための問い
上記のような考え方を踏まえつつ、自分のキャリアの方向性について考えるときに参考になる問いも紹介されている。

エドガー・H・シャインの問い
①自分はなにが得意か。
②自分はいったいなにをやりたいのか。
③どのようなことをやっている自分なら、意味を感じ、社会に役立っていると実感できるのか。
(p36)

マイケル・アーサーの問い
①自分ならではの強みはどこにあるのかぐ
②自分があることをしたいとき、それをしたいのはなぜか。
③自分はこれまでだれとつながり、その関係をどのように生かしてきたか。
(p41)

この2つは共通するところもあるが、特に、マイケル・アーサーの第三の問いは独自の視点として述べられている。

「人びととのかかわりのなかからキャリアを切り拓いていくことの多い日本の産業社会では、米国以上に重要な問いかもしれない。」(p42)

とのこと。


得意なこととやりたいことは違う
もう1つ、留意しておく方が良さそうなポイントとしては、得意なこととやりたいことは違うという可能性。

「たとえば、英語ができるひとは、語学が好きだと思いがちだし、コンピュータが得意なひとは、機械を操るのが好きだと思ってしまう。得意なことが好きなら、とても都合のよいことだから、このような勘違いが生じやすい。ほんとうに好きなのは、語学ではなく、他言語を話すひととのコミュニケーションかもしれないし、機械ではなく、数学的な問題解決なのかもしれない。得意なことイコール好きなことだと短絡してしまうと、「便利屋」にされてしまうので、注意がさらに必要だ。語学ができるひとは海外派に、コンピュータができるひとはシステム屋さんにされてしまう。うまくできることをやりたいことのように思い続けるのはよそう。「なにがほんとうのところしたいことなのか」という問いは、けっこう難しい問いだ。」(p38)


■キャリアについて語ろう
こういうことを考えてくると、キャリアについて考えるのってやっぱり結構難しいんだけど、考え続け、そしてそれを語り合ったりすることの重要性が述べられている。

「「入社の動機は、今振り返ってどうですか」と聞くと、「消去法でここになりました」などと言って笑ってすませる中年がいる。そのようなひとにこそ、後知恵でもいいから、この会社に入ったことは、いったい自分にとってどのような意味があったのか、考え直すのをすすめたい。そんなとき、ちょうど学生さんが自分のおとうさんの世代のひとと語るのに意味があるのと同じように、ミドルも、就職活動している若者、とりわけ自分のいる会社に入りたいけれど、Ⅹ社と迷っているというひとがいたら、会って語るのがいいと思う。中学、高校生でも、自分の子どもがいるミドルは、仕事の世界について彼らと語り合ってみよう。ましてや子どもが就職活動をしていたり、就職を考える時期にきている場合は、なおのことそうしてほしい。それは、相手のためだけでなく、なによりも自分のためだ。」(p169)

確かに、「入社の動機は、今振り返ってどうですか」とかって何となく気恥ずかしい気がして飲み会とかでもあんまり話題にならないけど、それを今一度考えなおして語り合っていくことが大事なんかなー。


■人生を貫くもの
最後に、本書で紹介されている、日本を代表する写真家でもあった山田修二さんという方の言葉を紹介したい。

この方は、カメラマンからカワラマン(瓦を焼く人)になり、さらに炭をこれから焼いていきたいと述べていて、「人生を貫くものは?」という質問に対して次のように述べている。

「人生には三筋、四筋ある。ただそれが振り返ってみたら一筋だったというのが僕自身の美学じゃないかと思います。だからそこで筋を通したい。(でも、日本では筋を通せとうるさいこともあるので)あまり筋を通すと窮屈なんだ。三筋、四筋ぐらいに思っていて、最後に一筋に見えればいいと思っています」(p282)

このへんは最初の方に述べたキャリア・デザインとキャリア・ドリフトは表裏一体だという話とも通じる気がする。

キャリアについて四六時中考えるのは息苦しいのでやんなくてもいいけど、節目節目でしっかりと考えてこういうキャリアを築いていけるといいなーと感じた一冊やった。

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