2012年11月20日火曜日

「虐殺器官」っていうタイトルがエグそうで手をつけてなかったけど読んでみたらかなり良かった

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

いろんなところで推薦されてる本で、帯の文章でも推しまくられとる。
「ゼロ年代最高のフィクション」
って書いてあるし、有名作家もベタ褒め。

宮部みゆきさんに
「私には、3回生まれ変わってもこんなにすごいものは書けない」

伊坂幸太郎さんに
「ナイーブな語り口で、未来の恐ろしい「世界の仕組み」を描くこの作品は、アクションもあれば、ユーモアもあって、つまりは小説としてとてつもなく格好良くて、夢中になりました。夢中になり、嫉妬して、ファンになりました」

と言わしめている。

そんななんで、本屋でも平積みになったりしてたからずっと気にはなってたんやけど、「現代における罪と罰」っていう暗そうなキャッチと、「虐殺器官」っていうタイトル、そして黒い装丁から、なんかエグそうやなーと思ってなかなか手にとってなかった。

そんで、たまたま古本で安く売ってたので買ってみたけど、やっぱり中々読む気がしなくて積ん読だったのをようやく読んだ。読み始めたら、会社の行き帰りの電車の中でも、駅から会社までの道でも、夕飯食べてる時でもずっと読んでて、普段寝る時間を超えて夜も読んで一気に読み終えた。

書き出しや描写はやっぱ予想通りエグかったし、テーマはすごく重いんやけど、それでもひきつけられて読んでしまう。さまざまなテーマ、しかも重いテーマを扱いつつ、ユーモアやアクションがあり、ミステリーやサスペンス的な要素もあり、ラブっぽいところもあり、エンターテイメントとしても楽しめて、帯に書いてある文章も納得やった。

フィクションはフィクションなんやろうけど、今後こういうふうになり得るやろうなっていう世界が描写されていて、そこに、今現在世界で問題になっていることがからめて書かれている。

SFってどういうものかってあんまり考えたことなかったけど、解説の言葉を読んでなるほどと思った。

「近未来に託して現在の問題を描くのはSFの得意技だが、たしかにそれをここまでテクニカルかつ繊細にやってのけた日本SFは珍しい」(p403)

自分は日本SF自体をあんまり読まんから珍しいかどうかは分からんけど、ちょっと海外の小説っぽい感じもあった。主要な登場人物に日本人がいなくて舞台がアメリカやヨーロッパがメインだからとかそのへんもあるかもしらんけど、テーマが普遍的なのもあるかも。

「『虐殺器官』の世界では、テロ、新自由主義経済、グローバリズム、民間軍事会社、環境破壊、貧困など、いま、ここにある問題が恐ろしく冷徹に分析される」(p403)

印象に残ったキーワードの一つがことばについて。ことばは進化の産物にすぎないという話が、主人公と登場人物の間で語られる。

「ことばは、純粋に生存適応の産物だ、ということですね」
「ほかの器官がいまそうあるのと変わらないような、ね」
(中略)
「だとしたら、生物が進化すると必然的にことばを持つとか思うのは、人間の思い上がりということになるんですね」
「カラスが築いた文明があったとして、進化した生物はすべからく鋭いくちばしを持つ、というようなものね」
(p125-126)

そして、主人公が次のように独白。

「ぼくがぼくを認識すること。ぼくが「他人」と話すためにことばを用いる事。それは進化の過程で必然的にもたらされた器官にすぎない。ぼくの肉体の一部である、自我という器官、言語という器官に。」(p125)

「ことばも、ぼくという存在も、生存と適応から生まれた『器官』にすぎない。鳥の羽と同じような。
 しかし、とぼくは思う。言語が人間の思考を規定しない、というのはわかる。とはいえ、言語が進化の適応によって発生した『器官』にすぎないとしても、自分自身の『器官』によって滅びた生物もいるじゃないか。
 長い牙によって滅びた、サーベルタイガーのように。」(p126)

このあたりはタイトルにもある「器官」っていうことばがからめられているけど、作者的にも想いを込めたテーマなのかもなーと思った。

あと、もう一つ印象に残ったのが情報の話。近未来でいろんな情報がトレースされていて、その気になればいろんな情報を得られる世界が舞台。でも、その中で結局見るのは自分が関心があるものだけなので見えるものはそんなに変わっていない。

物語の中では、
「人間は見たいものしか見ない」
という言葉が繰り返し語られている。

特に、ある登場人物が語った次の言葉が心に残った。

「人間は見たいものしか見ない。世界がどういう悲惨に覆われているか、気にもしない。見れば自分が無力感に襲われるだけだし、あるいは本当に無力な人間が、自分は無力だと居直って怠惰の言い訳をするだけだ。だが、それでもそこはわたしが育った世界だ。スターバックスに行き、アマゾンで買い物をし、見たいものだけを見て暮らす。わたしはそんな堕落した世界を愛しているし、そこに生きる人々を大切に思う。文明は……両親は、もろく、壊れやすいものだ。文明は概してより他者の幸せを願う方向に進んでいるが、まだじゅうぶんじゃない。本気で、世界中の悲惨をなくそうと決意するほどには」(p371)

自分がこの本をなかなか手にとらなかったのも「見たいものしか見ない」からやよなーと思って、この言葉は刺さった。そういう意味では手に取って読んでみて良かったと思えるし、心に残っていく一冊やろうなーと思った。

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