2012年11月11日日曜日

ビッグデータの逆をいく?ビジネスマンのための「行動観察」入門

ビジネスマンのための「行動観察」入門 (講談社現代新書)



「行動観察」という手法を簡単に解説しつつ、具体的な適用例をたくさん紹介している本。

事例の紹介の中ではその時々の著者の気持ちとかも書いていて、客観的な書き方ではなく主観的な書き方。

このため、好き嫌いはあるかもしれないけど、著者がどういう気持ちでどういうふうに物事を観察しているのかが分かって自分としては面白かった。また、調査上の失敗も率直に語られていて参考になった。

「行動観察」自体は、観察して分析して終わりというものではなく、具体的に目に見える成果を出すことが重視されていて、紹介されている事例でも、目標数字である売上が数十%、時には数倍にもなったりしている。

また、事例が積み上がっていく中でいろいろな会社から「行動観察」を依頼された時に、未経験の分野で不安があっても、「走りながら考える」「考えながら走る」と、とりあえずやってみようという著者の前向きな姿勢は読んでいても気持ちよかった。


■行動観察の事例
まず、本の中で紹介されていた面白い事例をいくつか紹介してみたい。

  1. 大学生のカップルのうち、彼女の方が彼氏との会話を続けると同時に携帯をちょくちょく10秒ぐらい見ている。なぜか?
  2. あるワーキングマザーは、安売り情報をチェックできるはずのチラシの束を新聞を何の躊躇もなくそのままゴミ箱に捨てていた。なぜか?
  3. イベントの会場で販売説明員がトイレに行くために機器の前を離れた瞬間にお客さんが機器を触りに来る。なぜか?

以下で答えを述べますが、少し考えてみてください!












なぜ彼女はチラチラ携帯を見るのか
まず、1つ目の話。自分は、彼氏の話がつまらないのかと思ったけど、著者の観察は異なっていた。

それも1つあるかもしれないが、著者の観察では、彼女が彼氏に気付かれないように携帯チェックするふりをしながら携帯を鏡代わりに使って自分の顔の状態をチェックしていたとのこと。

「女性にはデート中に彼氏に知られることなく自分の顔の状態をそれとなく確認したい、というニーズがあることがわかる」(p20)

このように潜在的なニーズを突き止めるところまで認識することを、「見る」と「観察する」の違いとして述べている。

「その女性の行動を、ただ「見る」だけだったら、ここまで深い認識には至らないであろう。これが「見る」 ことと「観察する」ことの違いである。」(p20)


なぜワーキングマザーはチラシをごそっと捨てるのか
2つ目の話。これは、ワーキングマザーはさまざまなタスクを限られた時間でどんどんこなしていく必要が有るため、チラシをいちいちチェックする暇もないことがあるということ。

「忙しいワーキングマザーには、安売り情報さえ確認している時間がない。」(p40)

そして、この分析結果が改善策にどうつながるかというと…

「日曜日は卵が安い日」といったシンプルな情報にまとめることで、スーパーは来店につなげることができる。つまり「曜日」と「何が安いか」 の関係を安易に変更するのは、お勧めできないということだ。一番大事なことは、多忙なワーキングマザーにいかに記憶してもらうか、そしてそのために情報をいかにシンプルにして伝えるか、だからだ。」(p40-41)


なぜ来場者は説明員がトイレに行った隙に展示品を見るのか
3つ目の話。これは、説明しようとするのが逆効果になっていたということ。説明員は「商品を自由に見たり触ったりするのを阻む存在」「展示品に触るのを阻むガードマン」になってしまっていた。

このため、来場者は自由に展示品を触ることができず、説明員がいなくなると、自由に触ることができるようになった。

これを踏まえ、説明員の立ち位置を変更すれば商品をもっと見てもらえると考え、展示品から離れて説明員に立ってもらうようにしたところ、その展示品の機器を見ているお客さんは時間あたり5倍に、そして売り上げは3倍になったとのこと。

自分はこの来場者と似たような気持ちになることが多いので比較的わかりやすかった。

以上、3つの例のように、行動を観察して、その結果を分析し、改善策につなげるというのが基本的な手順。

ただ、気になった方もいるかもしれませんが、これだと数はこなせない。そこのところをどう考えるか。


■行動観察とは
ビッグデータとの比較
最近、「ビッグデータ」という言葉が流行っていて、大量のデータを集めて分析して施策を考えることにつなげるといった手法が注目されているけど、行動観察はその逆をいっている感じがする。

対象者の行動を追いかけてどういう行動をとっているのかひたすら記録し続け、その行動をとる要因を分析し、改善につなげるという、観察→分析→改善が基本ステップ。

そのため、サンプル数は少数にならざるを得ない。その分徹底的に観察していく。例えば、こんな感じ。

  • 営業マンの調査
    →ひたすら営業に同行しながら営業の樣子を見て営業マンから話を聴く
  • 残業の調査
    →残業が多いオフィスでカメラを設置し、4人をピックアップして一日の間でどのような行動をとっているかをひたすらカウント
  • ワーキングマザーの調査
    →ママチャリに乗ってかっとばすお母さんに必死についていく
  • 銭湯の調査
    →一日15時間くらい開店から閉店までずっと施設の中にいて、お風呂に入ったり出たり、サウナに入ったり出たり、休憩所にいたり、飲食店で食事したりし続ける


こうして見ると、結構地道な作業が続くし体力仕事で大変やなー(笑)
上記の他に、以下のような行動に対する観察と分析結果が紹介されている。

  • イベント会場での説明者や来場者の行動
  • 飲食店での従業員の行動
  • ホテルマンが大量の人のことを覚えるための行動
  • 工場での不良品発生率につながる行動
  • 書店内での来店者の行動

これらを、観察→分析→改善していくんやけど、もう少し細かくした手順としてはこのような感じになる。

まずフィールドをよく観察して、事実をありのままにとらえる

様々な事実について、可能な解釈を考える

心理学や人間工学など、アカデミックな知見を踏まえて構造的な解釈を試みる

その事実をよりよく説明できる仮説を考える

得られた仮説に基づいてソリューション案を出す

そのソリューション案を簡易に実施して、効果を見て有効性を確認する
(p224)

この特に3つ目のステップで書いてあるように、単に観察した結果だけでなく、心理学、人間工学などの研究成果を踏まえて分析し、よい仮説を生みだすことにつなげている。


■行動観察の意義
「よい仮説」を生みだす
この「仮説」というのが行動観察の意義を考える上で1つのキーワードになる。

「イノベーションを起こすためには、そのフィールドでの実態はどうであり、本当の課題は何であり、本質は何であるのか、をとらえて、「よい仮説」を得ることができるかどうかが最も重要である。」(p257)

この「よい仮説」を得るのって、データ分析だけだと難しいことが多い。なぜなら、データだけだと、一人ひとりの人が持つ感情や行動の意図が見えづらくなる。

もちろん、ビッグデータが流行っているように、大量のデータ分析から見えてくるものもたくさんあるやろうけど、データだけではそこから抜け落ちてくるものもあるはず。


顔の見えるマーケティング
その部分を行動観察で埋められるのではないかと感じた。著者の言葉で言うと「顔の見えるマーケティング」。

「行動観察をすることによって対象者の生々しい実態を把捉するとともに、その背後にある価値観や考え方がわかるからだけではない。ソリューションを考えるときに、一人ひとりの顔が目に浮かび、「このソリューション案はEさんが大喜びしてくれるだろう」「こういう提案は効果があったとしてもBさんは嫌がるだろうな」といったように、反応の予想ができるからである。これは文字通りの「顔の見えるマーケティング」である。」(p59)

このことは、行動観察という手法に対して想定される、サンプル数が少ないのではという批判に対する答えにもなっている。

「行動観察を「データ分析」のために実施するというよりも、「仮説を生み出す」ために実施している」(p256)

極端なことを言えば、「よい仮説」を生みだすことができれば、一人の観察結果だけでも十分かもしれない。

もちろん、それだとその一人のことがどれだけ他の人にも当てはまるのかという話は出てくる。

そういうことを考えると、ビッグデータの話のようなマスのデータ分析と、個別の行動観察とを組み合わせて仮説を作っていくのが一番良いのかもなーと思った。これも考えてみれば当たり前か。


上記の話以外にも行動観察の意義はいくつもあるけど、その中で印象に残ったのが以下の点。

潜在ニーズの把握
顧客ニーズを把握するための手法として、行動観察以外では、アンケートやインタビューがとられることがあるが、それとの違いはこんな感じ。


  • アンケートやインタビュー→顕在ニーズのみ。顧客が自分で把握し言語化したものしか把握しづらい。
  • 行動観察→潜在ニーズを把握できる。顧客が自分で言語化できないけど無意識のレベルで持っているニーズを把握できる。


「ビジネスマンのための「行動観察」入門」p18

これに関連して、行動観察の意義として次の2点が述べられている。

  • 言語化されていないニーズやノウハウを抽出できる
  • 社会通念によるバイアスを排除できる

それぞれ著者の言葉を紹介すると…

言語化されていないニーズやノウハウを抽出できる
「人間はほとんどの行動を無意識に行っている。だから自分自身の何気ない行動をすべて把握しているわけではない。さらに、自分のニーズを構造的に解釈して理解しているわけではない。そのため、重要なニーズが存在していても、本人がそれを把握しているとは限らないのである。行動観察では、人の行動をすべてつぶさに観察することにより、本人が認識していない課連やニーズを知ることができる。」(p22)

社会通念によるバイアスを排除できる
「アンケートやインタビューにおいては、社会的に「こうあるべき」と思われている方向に回答が影響されがちである。たとえば、「トイレの後には必ず手を洗いますか?」とアンケートで聞かれれば、ほとんどの人は「はい、必ず洗います」と答えるであろう。しかし、(特に男性の)トイレで観察を行えば、それは事実ではないことがわかる。つまり、行動観察は、社会通念に反する実態であっても把握できるのである。」(p22)


当たり前のことに気づける
そして、潜在ニーズの把握は、当たり前のことに気づけるということでもある。銭湯の観察をした時の結果を踏まえて、その従業員の方が述べたのが次の言葉。

「結果を見た最初の印象は、当たり前すぎる、ということでした。でも、当たり前のことにこれだけ気付けていないんだな、とも思いました」(p110)

また、著者も次のように述べている。

「行動観察で得られるソリューションも、それだけを聞けば「なんと当たり前な。簡単すぎる」と言われることも多い。しかし、コロンブスの卵のように、後から聞けば「当たり前」のように思われるような、「コストや手間のかからないソリューション」が本質的である場合が多い。」(p268)

確かにそれぞれの例や解決策を見ると、「エッ、それだけ?」と思うような解決策も少なくない。でもそれが観察結果からどう導き出されるかということが、数字とロジックの積み重ねで説明されるので納得しやすいし、実践して実際に結果が出ている。


■成果へのこだわり
むすびの言葉の中でも、行動観察して終わりではなく、行動観察した結果を実際の場面で活かせることを重視することが述べられている。

「どれだけ論理的に正しくて効果が期待できるソリューションであっても、フィールドで取り入れられなければなんの成果も出すことができない、ということは本文でも書いた。
 行動観察の根本は「人を幸せにする」ことにある。そのため、ロジカルなソリューション案を提示するだけでなく、具体的に目に見える成果を出すことにこだわっていきたい。」(p269)

結果にこだわっていて、実際に結果を出しているところがすごいと思った。

自分の場合はソフトウェアに結びつけて考えるけど、ユーザーが実際に使っているところを見てどういうふうにマウスを動かしてクリックして、どういうところでつまずいているのかを分析して製品開発に活かしていくとまた良いのかなと思った。

最後に、「行動観察の根本は「人を幸せにする」ことにある」というのは非常に力がある言葉やなーと思った。

この手法はちょっと頭に置いておきたいし、日常でも暇な時にいろいろ観察するとまた世界の見え方も変わって面白くなるなーと思わせてくれた一冊やった。

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